朝礼のことば

朝礼のことば 11月17日(金)

 人は生活する中で、やってみたい事、やりたくない事があると思います。例えば夜寝る前に歯を磨くことは面倒でやりたくない事かもしれません。やりたい事では、遊びたい、寝たいなどの欲求があると思います。

 私は生きて行く中でやりたい事よりもやりたくない事の方が多いと思います。そのやりたくない、後回しにしたい事を「今やってしまえば後が楽だ」と思い、やるように心がけています。そうするとやりたいと思う事の時間が増える気がします。

 またやりたくない事の中にこれをやれば人が喜ぶという事があります。例えば落ちているゴミを拾う、トイレのスリッパを揃える、人が使ったものでも片付けるなど数えきれないと思います。

 今皆さんはバザーに向けて当日来られるお客さまのため、学校のために毎日準備をしていると思います。準備は積極的にやりたいからやっている人、先生に言われて仕方なくやっている人などそれぞれだと思いますが、この仕事を積極的にやっていく事により、周りの人が喜んでくれるのだという気持ちをもって頑張ることで心の成長を遂げ、心がより豊かになると思います。みんなでこのバザーを成功させましょう。

朝礼のことば 11月10日(金)

 今月の目標は「希望」です。今月は開校記念日のミサ、そして新校舎の竣工式から始まりました。学院の創立を記念することは、ただ過去の伝統を守るだけでなく、新たな出発を祝う日でもあります。今年は新校舎の出発を祝うという意味でも特に希望を感じる11月となりました。またミサの最後に歌った『ハレルヤコーラス』は、とても素晴らしいものでした。私は皆さんのあの歌声を一人でも多くの方に聞いて欲しいと思っています。なぜなら、あの歌声から皆さんの純粋さと力強さ、そしてこの学院で学んでいる充実感を感じることができるからです。私は最近11月1日になると、皆さん一人ひとりを光塩の生徒として誇りに思い、「希望」を感じることができます。創立から66年たった現在も、そしてこれからも生徒の皆さんによって光塩の精神、良き伝統が引き継がれていくことを願っています。

 さて、今日は皆さんにお願いがあります。それは新校舎での過ごし方や使い方についてです。一言で言えば「新しい校舎をきれいに、そして大切に使ってください」ということです。皆さんは新校舎を大切に使うためにどんなことに気をつけますか?先生方が何度注意しても皆さん一人ひとりが意識を変えてこれまで以上に気をつけなければ、新しい校舎をきれいに守っていくことはできません。私は今まで以上に細かい所にまで気をつけて欲しいと思っています。例えば「荷物を運ぶ時は壁にあたらないように気をつける」「重い物を移動するときでも決して引きずらない」「上靴で土の上を歩いて床を傷つけるようなことをしない」「白い壁や木の壁に手あかや上靴の後をつけない」「トイレの洗面台などに水が飛び散らないように使う」細かいことと思うかもしれませんが、体育館や1号館の壁や床を見てください。どれも3年前から少しずつ整備してきたものです。しかし残念なことに壁や床に傷がついたり、汚れたりしています。これはわざとやったものではなく作業中に起こってしまったものが多いので責めることはできません。しかしもっと気をつけていれば防げたものも多いはずです。皆さんは自分でお金を出して買った物は大切に使うでしょう。汚れたらすぐキレイにするでしょう。だから学校の建物・備品全てを自分の物だと思ってください。今以上に気をつけるのではないでしょうか。皆さんが新校舎で過ごすことができる喜びを少しでも多くの後輩たちに伝えていってください。中学生や1年2組、3組の生徒の皆さんは、新校舎での生活ではありませんが、同じ気持ちで今いる教室や机を大切にしてください。

 最後に、今月23日には光塩バザーがあります。その準備も本格的に始まっています。朝早くからビスケット焼きの手伝いを進んで行ってくれている1年1組小川さんありがとうございます。ビスケット焼きだけでなく、様々な場所でバザーの準備を進んで手伝ってくれる皆さんの姿を見るととても良い気持ちになります。私たちの学校は、保護者・卒業生・地域の方々の支えがあって成り立っています。それを一番感じることができるのがこのバザーです。光塩バザーの由来は既に皆さんも知っていると思いますが、このバザーは「自分たちの学校を自分たちの手で作っていこう。」と始められたものです。これが受け継がれ、今では保護者の方々や卒業生・地域の方々がたくさん協力してくださいます。私たちはバザーに来てくださる多くの方々に感謝の気持ちを込めて、この1か月気持ちよく働いていきましょう。

朝礼のことば 10月27日(金)

 みなさん、先日の「ハレルヤ」の練習、お疲れ様でした。50分の練習で、本当に上手になりました。それは、みなさんも歌っていて感じたのではないでしょうか。

 私は毎年、ハレルヤの指揮をしていますが、ここ数年のみなさんの合唱に対する姿勢にはいつも驚かされ、感動しています。

 私は、中学校、高校と合唱部でした。今もそうですが、私は歌うことが好きでした。だから中学校の部活は迷わず合唱部に入りました。でも、練習は思ったよりきつく、高校で続ける気はありませんでした。そう思っていた中3の夏休み。一人の高校生と出会います。彼はその時高校2年生で、合唱部でした。私は、話したこともない、その彼の後輩になりたくて、同じ高校に通いたくて、合唱部に入りたくて、必死に勉強しました。かなり不純な動機です。そして1年後には、私は彼の後輩になることができました。最初は不純な動機でしたが、高校で私は合唱の魅力にどんどん引き込まれました。かわいい後輩もできました。私を信頼し、なんでも話してくれる、時間さえあればずっと話していられる、そんな後輩でした。ですが、私はこの後輩を裏切る出来事がありました。あれから20年近くたった今でも忘れることはできないでいます。生きていればいろいろなことがありますが、人を傷つけてしまったことはなかなか消えません。ふとした時に思い出し、苦い記憶がよみがえります。

 信頼してもらうまでには、かなりの時間がかかるのに崩れるのは一瞬です。でも、それに気付いたのは、恥ずかしながら大人になってから、この光塩に務めだしてからです。光塩ではたくさんの学びがあります。人間関係のトラブルは、何歳になっても、どこにいてもあります。ですが、どうしたら良いかをこの学校は教えてくれます。失敗しても、見捨てられることは無く、どうしたら良かったのか、今からどうしていくのがいいかを教えてもらえます。

 私たち教員は、生徒のみなさんからもたくさんのこと学びます。私は光塩にきて、誠実に生きることの大切さを学びました。以前も言いましたが、光塩ではなぜか嘘や隠し事はすぐにバレます。とても不思議です。だから、私は目の前のことに誠実に、目の前の人を大切にしようと努力しています。今はまだまだですが、この学校にいる限り、生徒のみなさんと関わりを持つかぎり日々精進していこうと思っています。

 もうすぐ終わる今月のテーマは「信頼」です。「信頼」あるところに「希望」がうまれます。そして、今年も感謝のうちに1年が終われるように一緒に進んでいきましょう。

朝礼のことば 10月20日(金)

 ちょうど一年前、私のもとに悲しい知らせが届きました。

 私が教員になって初めて担当した生徒が病気で亡くなったということでした。彼女は生まれつき障害があり、筋ジストロフィーという年齢を重ねるごとに筋力が低下していく病気で28歳という若さでこの世を去りました。

 以前私は特別支援学校に勤めており、知的障害や病弱、肢体不自由などといった障害がある児童生徒と関わっていました。彼女はそこの生徒で中学2年のときに出会いました。大学を卒業し、何もわからない状態で特別支援の教員になり、始めは戸惑うことばかりでした。

 先週、久保先生の闘病女子部の話を聞き、何らかの困難がやってきても、あなた流を目指して生活し、今できることを一生懸命チャレンジしてほしいというメッセージを頂いたと思います。

 今日は、障害のある方との関わりについて考えてもらえたらと思います。

 みなさん、障害のある方と関わりをもったことがありますか?

 障害があると聞いてどのようなイメージをしたでしょうか?

 かわいそう、不幸だという哀れに思うことや怖い、何をされるかわからない、危険、迷惑といったことを思ったのではないでしょうか?

 例えば突然大きな声で叫んだり、急に走り回ったりする姿を見ると怖いと感じるのは自然なことだと思います。私も特別支援学校に勤めるまでは、障害のある方とほとんど関わりがなく、障害に対しての知識や情報がないことで偏った見方や先入観をもっていました。

 特別支援学校に通う児童生徒のなかには、自分の思いを言葉で伝えることや自分の気持ちをうまくコントロールすることができず、悩み、苦しみ、それが嫌な感情やよくない行動に結びついてしまうことがあります。しかしそのような行動は、彼らにとっては必死な訴えなのです。関わりがなければそのような行動が訴えであることも知ることができず、いまも障害に対して偏った見方や先入観をもっていたかもしれません。関わりを通して、相手のことを知ること、相手を受け入れる大切さ、ともに生きることを学ばなければいけないことに気づくことができました。

 彼らは私たちと同じように一生懸命に毎日を生きており、感情をもっているし、希望をもっています。そんな姿に私はいつも元気をもらい、笑顔に支えられていました。

 みなさんの日ごろの学校生活で友だちや先生など、自分のまわりの人との関わりを大切にしていますか?もし、うまく関わりをもてない人がいるのであれば、まずはその人のよさを見つけ、そこから関わりを深めてみてはどうでしょうか?そして機会があれば、障害のある方と関わりをもち、自分の視野を広げてほしいと思います。

 彼女が亡くなる2か月前、初めて本校の体育祭を観に来てくれました。昔のように話をすることはできなかったですが、すてきな笑顔をたくさん見せてくれました。その笑顔を忘れず糧とし、これからもみなさん生徒のためにがんばっていこうと思います。

朝礼のことば 10月13日(金)

 皆さんは、「闘病女子部」という言葉を聞いたことがありますか?

 私は、9月ごろ、なにげなく見ていたテレビで耳にした言葉でした。

 "闘病"とは、病気を治そうという強い意思で療養に努めることです。闘病生活という言葉を聞いたことがあるでしょう。

 「闘病女子部」は、繊維筋痛症という病気に19歳で診断された女の子が、闘病だけで人生を終らせたくない。同じ病気の人とつながりたい。という思いで、2016年4月につくった、女の子のためのセルフヘルプグループです。

 繊維筋痛症、白血病、光過敏症、膠原病、重症筋無力症、むずむず脚症候群.........全国でうつ病や難病など様々な病気で闘う"女の子" 100人以上がインターネット上で部員となり、つながりながら、女性ならではの闘病中の悩み事、困り事を共有したり、新たな視点で発信する活動です。女性らしい"かわいい"闘病グッズの発信や、恋愛や結婚など当事者同士で語り合える場をつくりながら絆を深め、病気と向き合う女の子の姿がある「闘病女子部」です。

 ネットのツイートには、

 「もう一度遊園地でバイトしたい。元気いっぱいのお姉さんしてたんだよ。」

 「トイレを気にすることなく日々過ごしたい。」

 「ヒールのある靴をはきたい」

 「陸上にうちこみたい!天気のいい日に高跳びを背面で跳んだときの空をもう1回みたい。」

 「痛みを気にせずコンサートを楽しみたい!!」

 「楽しい事がなきゃ、やってらんない。」

などの気持ちが語られています。きっと誰にも言えず、心で叫んでいた言葉だったのでしょう。1年で100人以上の部員が集まるなんて、ここで救われた心が嬉しくなります。

 だれでも大きい病気を伝えられると、ショックや絶望感でいっぱいとなると思います。

 "闘病だけが私の人生じゃない"なんて言えることに、ワクワク感を覚えました。前向きに笑顔で生活しようとしている女の子達に拍手です。

 今の皆さんは、男の子も女の子も、健康な体の人がほとんどです。あたりまえにトイレに行き、本を読み、文字を書き、運動し、食事して、歌って、走り回って、大声出して、歩いて、・・・仲間がいて、役割があり、趣味が実行できます。それが、"普通"なのでしょう。普通にできない人が、「闘病女子部」だけでも100人以上います。私たちは、できていることに感謝したいですね。

 そして、もしあなたの未来に万が一、何らかの困難がやって来たとき、病気だけではなく、辛いことがおとずれた時、他の人の"普通"と違うことになるかもしれないけれど、独りぼっちではありません。あなたらしく、"あなた流"を目指して生活して欲しいと思います。

 そして、"今"できることに一生懸命チャレンジしてください。

朝礼のことば 9月29日(金)

 皆さんは「塩梅」という言葉を知っていますか。

 塩味に梅酢を加えて調節するとおいしくなることから、この塩に梅という漢字を使って「あんばい」と読みます。

 塩味も、酸っぱい味もとても強い味ですが、両方をあわせると、どちらか一方、もしくは両方の味が和らぎます。これを利用した料理には「梅干し」はもちろん、「すし飯」「しめさば」などがあります。

 岩手県の方言では、この「塩梅」が訛って「やんべ」となります。これは「ちょうどよい」という意味だけではなく、「肩の力をぬいて」とか「だいたいに」という意味にもなります。さらに「やんべ」が変化し、「やんべ」の頃合いという意味の「やんべこれ」に変わります。

 私はこの「やんべこれ」という言葉が好きです。

 私はどうしても怒りを感じると、表情に現れ、また厳しい言葉で相手に詰め寄ってしまします。さらにこの怒りは何日も心の中で渦巻き、ある日爆発します。自分でもこのことが分かっているので、そうならないように、早い段階で、またこの怒りが爆発する前に処理します。これは、人に話を聞いてもらったり、考えないようにしたり、全く違うことをしたり、距離を置くことがこれにあたります。

 先日、私が岩手のよく見ているインターネットのサイトにこのような記事がのってありました。

 「誠実に一生懸命やることは基本だけど、そのことで仲間の気持ちがいっぱいいっぱいになっているなと感じたら、やんべな時を過ごすこと。そして大事なこと以外は、失敗とか、余計なこととか、すぐ忘れてしまうこと。また性格上、細かいことをいう人には「いいがらよぉ~」って恥をかかせないように、爽やかに言うの。やんべこれになぁ」

 久しぶりに岩手の言葉を思いだし、たくさんの人に支えられ、この言葉をかけていてもらっていた頃の自分を思い出しました。自分が悩み、思い詰めているときにそれに気づき、話を聞き「やんべこれにするんだ」と声をかけてくれた人。

 今度は私が、やんべこれの時を自分で過ごせるように、また相手にもやんべな時をすごしてもらえるようにと思い返しました。

 塩味と酸っぱい味のように、両方の味でお互いのよさを出し合い、おいしく料理を変化させるように、相手を思いやれる人になりたいと思いました。

 今日は9月29日です。「食う肉の日」ですが、今日の夜は久しぶりに「しめさば」を食べたいと思います。

朝礼のことば 9月22日(金)

 皆さんはラジオを聞きますか?

 私は片道1時間近くかけて通勤しているので、ラジオをよく聞きます。

 私が今一番はまっている番組は、NHK第1放送で毎週月曜日の午後8時から50分間放送される『DJ日本史』です。この番組は日本の歴史のあらゆる時代・ジャンルの事件や人物を、毎回テーマを決めて取り上げます。抱腹絶倒、おまけにとても役に立つ番組です。最初は不定期でスタートしましたが、人気が出てレギュラー番組となり、今年度からは午後8時台のゴールデンタイムの座を獲得してしまいました。皆さんも『DJ日本史』を一度聞けば大ファンになり、日本史が大好きになること請け合いです。

 出演者はたったの3人で、番組の魅力を作り出しているのが松村邦洋です。彼は山口県出身の、モノマネ芸を得意とするお笑いタレントです。最近は某スポーツジムの指導で110㎏の体重を30㎏減量し、そのCMが話題となっています。

 テレビでは、体当たり芸とイジられキャラのイメージが強いですが、ラジオは、彼が実力のある芸人であることを教えてくれます。彼は、特技のモノマネを駆使して、歴史上の人物になりきり、軽妙なトークで私たちを歴史の世界へとグイグイ引き込みます。そんな彼の芸を支えるのが、歴史に関する膨大な知識と、歴史への飽くなき探究心と深い愛情です。

 そんな松村邦洋ですが、学生時代の成績は芳しいものではなく、理数系は全く苦手だったようです。しかし、小学生のころから、人を楽しませることは得意で、NHKの大河ドラマをきっかけに歴史が大好きになったそうです。彼は、子供時代からの特技や趣味を伸ばして、あの厳しい芸能界を生き抜き、独自の芸の世界を確立して活躍しています。すごいことだと思いませんか。

 学生時代、皆さんについて回るのが成績です。皆さんを評価する基準となるのは、第1に学習の達成度、それにスポーツや芸術面での技術や実績なども加わるでしょう。 

 しかし、社会に出ると、人間を評価する基準はたくさん出てきます。学生時代優秀な人が、必ずしも大人になって高い評価を得るとは限りません。むしろ、学生時代目立たなかった人が、自分のやりたいことを見つけて努力した結果、その道のプロとして高い評価を得て活躍しているというのが、自明の理です。

 皆さんは、今趣味や特技、興味や関心のある事、将来伸ばしていきたいものを持っていますか。少しでも早く、自分を光らせるものを見つけ、それを磨く努力を続けて下さい。

 皆さんが、将来その道のプロとして、ハツラツと活躍することを楽しみにしています。

朝礼のことば 9月15日(金)

 私が光塩に勤めて最初にした仕事は、春休み中に机やいすの緩んだくさびを締め直すことでした。くさびというのは、木材を組み合わせるとき、それが抜けないように打ち込む三角形の小さな木のことです。これを締め直すと、ぐらぐら揺れていた机やいすもしっかりして使いやすくなります。今皆さんが使っている机やいすは、私が勤めるよりずっと前から何十年も使っているもので、くさびがなくなってぐらぐらするものもありますが、くさびを打ち直せばまだまだ使えます。光塩ではこうしていろいろなものを直しながら長い間大切に使っています。

 先日、生徒から調理室の出入り口の鍵が閉まらないと言われたので、KURE5-56を吹き付けると驚くほど簡単に閉まるようになり、教えてくれた生徒もびっくりして喜んでいました。3号館はできてもう30年近くになり、いろいろなところが古くなっていますが、新しくできた体育館でもねじが緩んでドアの取っ手がぐらぐらになっていたことがあります。このようなことは早めに対処すると簡単に直すことができますが、そのまま使い続けてねじがなくなったり部品が壊れたりしてしまうと直すことが難しくなります。そこで皆さんにお願いがあります。学校の中で、ねじが緩んでいたりものの動きが悪くなっていたり等の不具合があったら、早めに私や担任の先生に教えて下さい。また、使いにくくて困るようなこともあれば教えて下さい。学校のものを大切に長く使っていけるようにみんなで気をつけていきましょう。

もうすぐ新しい校舎も完成します。皆さんが中に入ったときにはきっとほかの学校にはないすてきなところをたくさん見つけることができるような校舎になっています。この校舎の建設には保護者や卒業生の方も含めたくさんの人が関わっていて、いいものを作ろうと毎日がんばって下さっています。完成を楽しみにしていて下さい。そして20年後、30年後の生徒も気持ちよく使えるように、大切にしていきましょう。

朝礼のことば 「共存」 6月23日(金)

 先日の文化祭は皆さんお疲れさまでした。今年の文化祭は、校友会、文化部の企画をはじめ、それぞれの部活動やクラスの模擬店でも文化祭を盛り上げるために自分たちで様々なアイデアを出し合い、何より楽しんで取り組んでいる姿がとても印象的でした。

 今回の文化祭もそうですが、学校の行事というのは人が成長するうえで重要なものだと思います。

 協力したり、時には意見をぶつけ合ったりしながら取り組むことは何気ないことかもしれませんが、その一つ一つが経験となり、学年を重ねるごとにたくましくなっているのがよく分かります。

 私が尊敬する人物、50歳でもいまだ現役でプレーし続けているサッカー選手の三浦知良選手はこのようなことを言っています。

 「共存あってこそ、といってもいい。もしサッカーが純粋に個人対個人のスポーツだったら、50歳まで選手でいることなどできない。自分一人で全部をできる状況などないのだから、周りの人の走力、体力、知恵と共存しなきゃ。周りに助けられ、自分もチームのためにすべてを尽くす。自分だけを抜き出して評価するのでなく、周囲との関係性においてどうかを見ていかないといけない。周りに関わり、良くしていくことで、自分も良くなっていく。

 経験を積んだ者なら、頭を使おう。体の切れる若い人は走れるし、動ける。サッカーという形に限らず、何事も同じなんだろう。仲間があって自分がある。生かし生かされ、助けて助けられて。そんな法則が働いているのが、いつからか分かるようになるんだ。」

 学校生活も同じだと思います。何をするにしてもそれぞれが自分に何ができるかを考え、そして自分の事だけでなく周りのことも考え、お互いに支え合ってこそ人は成長できるのではないでしょうか。

 3年生の皆さんにとっては、この一年のすべての行事が中学あるいは高校生活最後の行事となっていきます。これからの行事もみんなで支え合い、お互いに高め合っていきましょう。

朝礼のことば 6月2日

 月曜日に行われた草抜きボランティアには、57名の生徒の皆さんが参加してくれたと聞きました。暑い中、学校のより良い環境づくりのためによく頑張ってくれました。ありがとうございます。グランドがきれいになったことはもちろんですが、それ以上に生徒の皆さんが学校のために自ら考え、行動したことに大きな意味があります。萩光塩学院がめざしている教育の成果、そして皆さんの大きな成長が見られ、本当に嬉しかったです。
 また、5月31日には光塩会総会が行われました。学級懇談では、中間テストの結果もお知らせしました。結果に満足している人、ホッとしている人、今回は失敗したと思っている人など、いろいろだと思います。学習にはこれで十分という限度はありません。そして勉強は孤独な戦いです。この結果が自分の将来にも大きく影響していきます。皆さんは、部活動や校友会活動・ボランティア活動など忙しい日々を送っていると思いますが、学習に対しても常に向上心をもって取り組んでください。
 さて、今各運動部の人たちは、高校総体の県予選に出場しています。これから大会に臨む生徒の皆さんは、今持っている力を最大限発揮できるよう技術面だけでなく、精神面・体力面も併せて万全の状態で臨んでください。特に3年生は、3年間の集大成の大会です。試合に勝つか負けるかだけではなく、3年間の厳しい練習に耐えてきたことを自信として頑張ってきてください。応援しています。
 今月の学院のテーマは「ゆるし」です。4月の目標の「出会い」、5月の「かかわり」に次いで、今月の「ゆるし」、この3つには深いつながりがあります。出会いがなければ、かかわりは生まれません。そして、かかわりのないところには、赦すことも、赦されることも生まれません。新学期から2カ月経って新しい生活に慣れてくると、緊張感が薄れ、次第にわがままが出てきます。慣れることは、親しみも増しますが、同時に自分の思いどおりにならないことへの不満も出てきます。私たち人間は、他人の失敗や間違いには厳しく敏感ですが、自分の弱さや過ちには非常に寛大です。
 私は、今日『ゆるし』について皆さんに話しをするにあたって、これまでの自分自身を振り返ってみました。小学校から高校まで何度も何度も校則違反をしてしまいました。喧嘩もいっぱいしました。親が学校に呼びだされたことは数え切れません。そして今でもたくさん失敗をしてしまいます。しかしどんな時も最終的には家族をはじめ、職場の仲間や友だちなどたくさんの人から赦され、我慢してもらってきました。私はどうだったでしょか?家族や周りの人を叱ったり、責めたりしたままではないでしょうか?もちろん赦されるためには、失敗の事実をありのまま認めることと謝罪する勇気が必要です。本当に反省し、改善しようと努力している人を私は赦しているでしょうか?そう考えた時深い反省の念が沸き起こり、これからは逆に自分に厳しく、人に寛大な心を持つことの方が大事だと改めて気づかされました。多くの人とかかわる時、相手の欠点ばかりを見るのではなく、相手を赦しながら、良いところをみつけられる人になりたいものです。



朝礼のことば 5月12日

 新緑の美しい季節になりました。城下町(堀内)の白壁に黄色い夏ミカンが色鮮やかに映っています。私たちの住んでいる萩は、美しい山と海に囲まれた自然豊かな町です。日々の学習や部活動などで疲れを感じたとき、自分が毎日通っている景色に目を留めてみてください。きっと皆さんの心をホッとさせ、元気を与えてくれると思います。
 さて、皆さんは今年のゴールデンウィークをどのように過ごしたでしょうか?ゆっくり休んで、新年度の緊張感からくる疲れをとった人、部活づけの毎日だった人、はぎキッズパークや外国客船歓迎セレモニー、乙女峠祭りのボランティアに参加した人など、それぞれ充実した休みを過ごしたのではないでしょうか。来週からは中間試験が始まります。一回のテストが自分の将来に大きく影響してきます。しっかり気持ちを切り替えて、集中して学習に取り組んでいきましょう。
 ところで、5月はカトリック教会では聖母マリアを讃える月になっています。ヨーロッパでは、春の訪れを喜ぶお祭りとして、いたるところでマリア祭が行われています。津和野では5月3日に乙女峠祭りが行われ、今年も光塩から数名の生徒が参加しました。全国から約2000人の人たちが集まり、津和野カトリック教会から2キロ離れた乙女峠を目指して、聖母マリア像を中心に巡礼の行列が続きます。今年は「浦上四番崩れ」から150年の節目の年になります。正午より行われた野外ミサでは、殉教者に祈りと聖歌が捧げられ、その響きは、参加した人々にも清らかな感銘を与えていました。乙女峠祭りは、キリスト教迫害などの日本史とも関係があり、さらに城下町を散策したり、SLを見たりと津和野観光もできるので、カトリックの信者でなくても参加する価値のあるものだと思います。来年も多くの皆さんに参加して欲しいと思いました。
 さて、今月の学院の目標は「かかわり」です。
 かかわりについて、最初に私がサイパンの修学旅行で見たある生徒の話をしたいと思います。その生徒は、サイパンですぐに現地の子どもや大人たちと仲良くなりました。私はその様子を見てとても感心しました。それは英語が話せて、お互いを理解し合っていると思ったからです。しかし、びっくりです。なんと彼は相手が話す英語をほとんど理解していませんでした。英語を理解していないのにどうしてすぐに仲良くなれるのか?私は不思議でたまりませんでしたが、実は、彼は人より優れたコミュニケーション能力を持っていることに気づきました。彼はどこででも、誰にでも、失敗を恐れず積極的に話しかけ、言葉が通じなくてもジェスチャーや表情、その時の雰囲気だけで理解し合っていました。英語が話せないのにここまで人とかかわることができるのは、本当にすごいことだと改めて感心させられました。
 人とのかかわりは本当に難しいことです。良かれと思ってしたことが、相手にとって嫌なことだったり、余計なお世話だったりします。しかし、私たちが社会で生きていく中で、人とかかわらずに生きていくことはできません。だから、ここで大切なことは、自分本位に行動するのではなく、人の気持ちを考えて行動し、かかわることです。人とのかかわりは、自分が傷ついたり、相手を傷つけたりすることもあります。でも、かかわることから逃げていては、いつまでもお互いを理解し合うことはできません。憶測や思い込みではなく、勇気をもってコミュ二ケーションをとることによって、友達や家族そしてクラスでの良い人間関係ができるのだと思います。
 今月は、かかわりと自分を見つめることの両方を大切にする月にしていきましょう。

冬来たりなば 春遠からじ 2月24日

 節分、立春を過ぎたのにまだまだ寒い日々が続いています。
 最近、嬉しかった事を振り返ってみると2つあります。
 1つめは、前回お話ししたメダカのことです。春を前についに1匹になってしまったと思っていたメダカが、実はもう1匹水草の中に潜んでいて、去年の春から秋にかけて水連鉢の中で多数の子孫が繁栄しました。今も水草の中に潜ってじっと春が来るのを待っています。もう1つの嬉しかった事は、我が家のヒマラヤユキノシタの株に最近つぼみが付き、ピンク色の可憐な花がたくさん咲いたことです。ヒマラヤユキノシタは名前のとおりヒマラヤ山脈が原産の多年草でちょうど今頃、現地では積もった雪の下から花が顔を出します。私の母が好きだった花で祖母からもらった株を大切に育てていましたが、母の死と共に実家の庭から消えてしまいました。去年、光塩の校庭の片隅で見つけ、工事で消える前に分けていただいた株に花が付いたのです。生き物の命は、絶えたように見えてもこのように繋がって続いていきます。そして、厳しい冬の季節を耐え、暖かい春の訪れを待っています。
 さて、私たちの人生にも、冬や春の季節が訪れます。今、まさに冬の季節を迎えている人がいますか。もし、いたら嬉しかった事を思い出しながら前に進み、春が来るのを待ちましょう。寒い日々はまだまだ続きますが、一日一日日差しも伸び、春の花も咲き始め、暖かな春の兆しが見えてきます。

目標と振り返り 2月17日

 一年間を締めくくる3学期もあっという間に半分過ぎました。まだ少し気が早いかもしれませんが、新しい年度に向けていろいろなことを想像し、楽しみになったり、不安に感じたりといろいろな思いが頭の中を駆け回っていることでしょう。3年生のみなさんは卒業後の新しい環境への期待と不安で、1・2年生のみなさんはそれぞれ次の学年へと上がり、修学旅行や体育祭などの学校行事を楽しみに待っている人もいれば、日々の勉強や受験に不安を感じ、悩んでいる人もいると思います。そんな新年度を有意義に過ごすために、どのようなことをすればよいでしょうか。当たり前のことですが、それぞれ目標を立てて、その目標を達成できるように努力を重ねていくことです。みなさんもクラスや部活で様々な目標を立てていると思います。その目標を日々確認しながら毎日の学校生活を過ごしていることでしょう。新年度、新学期をどんなものにしたいかイメージして、目標を立てることはいいことですが、それと同じくらいに大切なことがあります。それは「振り返る」ということです。
 自分の立てた目標を振り返り、何が達成できたのか、まだ達成できていないことは何かを自分自身が知らなければ次にどうすればよいか立ち止まってしまいます。自分自身を段階的にステップアップさせるために、目標を立て、振り返り、次に活かすことは本当に価値のあることだと思います。また、目標を振り返ると実は、達成できていた、実現できていたと気づく場面が多くあります。そこに気づくことができれば大きな自信につながり、さらなるチャレンジ精神も生まれてくるはずです。
 明日はコース・文化部発表会です。特に高校3年生にとっては卒業までの最後の学校行事になります。各コース、部活動、あるいは一人ひとりが目標を立て練習に励んできたと思います。明日発表会が終わったあとにきちんと振り返り結果を自分の糧としてください。止まることなく過ぎていく日々の1日1日を、いや1分1秒を大切に無駄なく過ごせるように、今年度を振り返ってみてください。

自分を受け入れる 1月20日

この前生徒と話していて感心したことがありました。今日はその話をしたいと思います。
 その生徒は明るく活発で人見知りもせず、何事も積極的に行うタイプの人です。そんな生徒に私は、「友達や周りの人が知らないあなたの性格を教えてください」といいました。その生徒は、「心配性なところがあります。」と答えました。私は「そんな性格をどう思いますか」と聞きました。私はたぶん「自信を持ってできるようにしていきたい」というような答えが返ってくるものと思っていました。でもその生徒は「心配性なことで良かったこともあるので、そんな自分も大切にしていきたいです。」と真剣な表情で答えました。
 意外な答えでした。一見弱気でマイナスなイメージのある「心配性」という性格を、自分にとって大切なものとして受け入れているのです。私にはその生徒が、とても大人に見えました。
 みんなだれでも自分の性格には、好きなところも嫌いなところもあると思います。でもそれを自分のものとして受け入れている人はどれくらいいるでしょう。自分の嫌いな部分ををせめて落ち込んでいる人もいると思います。私も、教師に成り立ての頃、やることがすべてうまくいかず落ち込んでいた時期がありました。そんなときに読んだ本の中に、
「相手に受け入れられないことの原因を自分に求めてしまう人がいるがそれは誤解である。受け入れられないのは、相手に受け入れる能力が無いからである。」
ということが書いてありました。つまり、自分がだめだと考えてはいけない。自分のいいところも悪いところも自分で受け入れて、人の目を気にするのではなくありのままの自分で生きていくことが大切だということです。私はこの本を読んでから気持ちがすごく楽になり、その後落ち込むこともたまにはありますが、安心感を持って生きていけるようになったと思います。
 はじめに話した生徒は、そのようなことをもうすでにわかっているのだろうと、とても感心しました。もしも、自分に自信が無くて悩んでいる人、友達の言葉で傷ついている人がいたら、この加藤諦三の「安心感」という本をぜひ読んでみてください。きっと、元気が出ると思います。

たいがたい 11月18日(金)

 昨日までの約1か月、私たちは毎日、光塩ビスケットを焼き続けました。皆さんはどんな気持ちでビスケットづくりをしてきましたか?現代の日本にはもっとおいしいお菓子がたくさんあるのに、この素朴なビスケットを楽しみにしてくださっている方々が、萩にはたくさんいらっしゃいます。
 ところで、11月23日は勤労感謝の日です。「感謝」することの大切さを考える日であってほしいと思います。しかし、「感謝」という言葉が多用され、少し重みがなくなっていると感じることもあります。
 私の母はよく「たいがたい」という言葉を口にします。「たいがたい(耐え難い)」は山口の方言で、「ありがたい」という意味で使われます。「よーけもろうてたいがたいがー」「わざわざ来てもろうてたいがたとうあります」など、本当によく使っています。「たいがたい」は、「ありがとう」という感謝の意味だけでなく、「私のためにこんなにしてくれて申し訳ない」という気持ちを含んでいます。また、「みてる」という方言もあります。これは「ものが無くなる」という意味ですが、「別の場所に物が満ちる」という考え方からきているようです。山口の方言の中に、人とのつながりを感謝する心を感じませんか?最近は、方言を使う人が少なくなってきており、寂しさを感じています。方言を使うことをかっこ悪いと思う高校生もいます。しかし、言葉が私たちの思考回路を操っています。
 11月23日のバザーの日。私たちが作ったビスケットを「ようけ買うてもらってたいがたい」。でも全部「みてて」萩市の多くの家が光塩のビスケットで満ちるのかと思うとちょっとうれしいですね。

有言実行 10月21日(金)

 中間テストも終わり、2学期も後半が始まりました。光塩では、たくさんの行事がこの2学期に集中しています。前半は体育祭とインドネシア留学生との交流がありました。後半には、開校記念日のミサ・バザー・クリスマスキャロルコンクールとクリスマス祝い、そしてクラスマッチ、さらに高校2年生は修学旅行もあります。
 たくさんの行事があるということは、たくさんの人が活躍できるということです。スポーツが得意な人もいれば、音楽が得意な人もいると思います。それぞれの得意分野で一つ一つの行事を盛り上げてもらえればうれしいです。
 よく、行事が終わった後に、「もっとこんなことをしておけばよかった」とか「あんなことができたのに」といった言葉を耳にすることがあります。やらずに後悔するのは本当にもったいないことだと思います。
 そんな私が、高校時代に掲げた言葉を一つ紹介したいと思います。
「有言実行」
皆さんはこの四字熟語を漢字で書けますか?本来「言」には「いう」という漢字を書きます。しかし私はその当時「いう」ではなく「限る」という漢字を入れ「有限実行」としていました。高校生活は3年しかなく、その限られた中で、最大限に楽しむことを目標としていたのでこの漢字を使っていました。
 私たちに与えられた時間は過去でも未来でもなく「現在」だけです。今を大切にし、全力で取り組むことが豊かな未来を作るのではないでしょうか?

円型校舎に宿る命 10月14日(金)

 みなさんは長年大切に使っている物がありますか。日本には、長年大切に使っている物には神や精霊が宿るという考え方があります。この神や精霊は、八百万の神や付喪神と言われています。みなさんが子どもの頃、身のまわりの物を乱暴に扱うと、家の人からその物が痛いよとか、泣いているよ、と言われた経験があると思います。これは、まさに物に神や精霊が宿るという考えが生活に根付いたものです。
 私は昨年12月に約8年、生活を共にした愛車を手放しました。娘や息子の誕生や親の介護や通院、辛い時音楽を聴きながらドライブするなど私にとっては相棒のような存在でした。様々な理由で愛車を手放し、新車を購入することになりました。新車が手元に届くことはうれしくもありましたが、反面別れの日が近づくにつれ複雑で寂しい気持ちもふくらんでいきました。ついに、愛車と新車が交代する日がきました。長年連れ添った愛車は新車に負けないくらいきれいにしました。新車を目の前にして、手放す車がこれからどうなるのか、次の持ち主がいい人であるように、などたくさんのことを考えていました。その時、手放す車は私に優しく微笑んでくれたように見えました。複雑な心境を察してくれたのか、販売店の人が、次の車もこの車と同じようにかわいがってあげてくださいと声をかけてくれました。その言葉に涙が止まりませんでした。
 みなさんの目の前にも、今まさに別れを告げようとしている建物があります。円型校舎です。62年間生徒を見守り続け、多くの卒業生がここから巣立っていきました。歴代の先輩方が大切に使われ、定期的に大掃除をしてきたおかげで今まできれいな状態で居続けられたと思います。これだけ長い時間、生徒に愛され生徒を見守り続けた円型校舎には,神や精霊が宿っているかもしれません。最後の大掃除があった5月11日の夕方、私は何気なくらせん階段を眺めていました。そうすると夕日が円型校舎に差し込み、得も言われぬ幻想的な風景を見ることができました。その時、私の思い込みかもしれませんが円型校舎が「ありがとう」と言ってくれたように思いました。幸いにもまだ円型校舎はあります。もう一度、温かい目で円型校舎を見てみませんか。そうすれば、みなさんに何か語りかけてくるかもしれませんよ。
 自然や物を大切にし、物にも神や精霊が宿るという日本人の優れた感性を大切にしながら生活してみませんか。

「違い」ではなく 9月30日(金)

Good morning. Today, we have our friends from Indonesia, so I will speak in English first and then translate into Japanese.
おはようございます。今日は、インドネシアからの留学生がいるので、まず英語で話して、それから日本語で話したいと思います。
As you know, we have about ten Indonesian exchange students visit our school every year.
みなさんもご存じのように、毎年インドネシアからの留学生が本校を訪れています。
One of our students made an amazing comment after this exchange program last year. Now, I’d like to share his comment with you all.
昨年のインドネシア留学生との交流を通して、ある生徒がすばらしい感想を話してくれたので、今朝は皆さんにその感想を紹介したいと思います。

Spending time with the students from Indonesia, I noticed many differences between the Indonesian culture and ours. It was really interesting for me to learn about those differences. In communicating with people from different countries, it is often emphasized that there are many differences from culture to culture and we should appreciate those differences. I understood that through my own experience. Interestingly, I found there were more similarities than differences taking part in this program.
For example, one of the exchange students stayed at my house for two days. He and I were the same age, and we had a lot in common. We both liked YouTube. We watched many videos and laughed together like real brothers. We enjoyed playing video games and talking about our favorite actors and actresses. Though he and I were from different countries, I felt that we were interested in the same things and our thoughts were very similar. I realized how important it is to pay attention to not only our differences but also our similarities. We should remember that people around the world have many things in common, even though we live in different countries. I think we should appreciate and respect that.
Recently, we often hear sad news about terrorism or murders caused by racism. People who attack other people don’t like others having different ideas, beliefs, or religions. However, I think we should look for things they have in common, and stop focusing so much on their differences. Even if people have various backgrounds, what they think or believe seems to be essentially the same. I’m sure that we will be able to understand each other better by finding things they all have in common instead of fighting over our differences.
インドネシアの留学生と一緒に過ごしていると、インドネシアと日本の文化の違いに気づきました。僕にとって、その違いを知ることは本当に興味深かったです。異文化交流をするときには、よく文化の「違い」が強調され、その違いを尊重しなければいけません。僕も、インドネシアの人たちとの交流を通して、そのことを理解しました。しかし、面白いことに、僕は違いよりも共通点の方が多いことに気づきました。
例えば、僕の家に男の子がホームステイをしました。彼と僕は同じ年で、共通するものがたくさんありました。2人ともYouTubeが大好きで、2人でたくさんの動画を見て、本当の兄弟のように笑いました。また、テレビゲームを楽しんだり、好きな芸能人について話したりしました。生まれた国は違いますが、同じ中2同士、興味があることや普段考えていることは同じだと感じました。僕は、違いだけでなく、共通点に目を向けることも非常に大切だと感じました。たとえ生まれ育った環境は違っても、共通することがたくさんあるということを忘れてはいけません。
現在、世界ではテロや人種差別による殺人などが後を絶ちません。テロや紛争を起こしている人たちは、自分たちと異なる意見の人々を攻撃しています。しかし、僕は違いばかりを見ることをやめて、もっと共通点に目を向けるべきだと思います。たとえ、生まれ育った環境が違っても、私たちが考えていることや信じていることは、根本的には同じだと思います。違いではなく、『共通点』を見つけることによって、お互いをより理解することができると思います。

I was really impressed by his comment. I strongly agree with his idea.
彼の感想は本当に素晴らしいと思した。私も同感です。
Now, you, Indonesian students and Japanese students, have been together for two days. What did you learn so far from each other?
皆さんは、この2日間、留学生と一緒に過ごしてどのようなことを感じたでしょうか?
You are lucky to have a chance to communicate and exchange ideas with people of about the same age from different countries. Today is the last day of this exchange program. Please make use of this chance and learn as many things as you can and think about them carefully. Enjoy this program!
外国の同年代の人たちと関わる機会をもつことができ、皆さんは本当に幸せだと思います。留学生との交流は今日で最後ですが、お互いにたくさんの関わりをもち、さまざまなことを感じ、考えてほしいと思います。そして、おもいっきり楽しんでください!

国際交流で 9月16日(金)

 今月の28日にインドネシアからの留学生が光塩にやってきます。皆さんも楽しみにしていると思います。インドネシアからの留学生も、この機会を楽しみにしています。この行事は今年で5回目になります。たった3日間の交流ですが、別れのときにはいつもみんなが涙を流すほど寂しくなります。今年も皆さんがインドネシアの生徒達と心からの交流ができることを期待しています。
 光塩では国際交流が盛んです。1972年にはアメリカからの留学生を迎えています。この頃の生徒は皆さんのおばあちゃんぐらいの年齢になると思います。その後も、何人も留学生を受け入れています。1986年には韓国への修学旅行が始まり、その後中国への修学旅行も実施し、現在ではマレーシアシンガポールに行くようになりました。海外への修学旅行が始まったときから、学校訪問が行われており、同世代の生徒同士の交流はとてもよい経験と思い出になっています。
 海外では日本と違うことがたくさんあります。ヒンズー教の人は、牛は神聖な動物なので食べませんが、イスラム教の人は、豚を汚れた動物として食べません。目にすることも嫌う場合があります。冗談でも豚肉や、カップラーメンのような豚肉のエキスが含まれるものを食べさせてはいけません。また、インドネシアやマレーシア、タイなどでも、頭は神聖な場所とされているので、日本のように頭をなでたりさわったり、ましてや叩いたりすることは絶対してはいけません。訴えられることもあるそうです。気をつけてください。
 国や宗教が違っても、その違いを理解し、同じ世代の人間同士として深いつながりができることを期待しています。外国の人と話をするのは少し勇気がいることと思いますが、ずっと心に残る思い出深い経験ができると思います。有意義な3日間になるよう、みんなで盛り上げていきましょう。

喜び 7月1日(金)

 今日から7月です。今月の学院のテーマは「喜び」です。
皆さんのように中学生・高校生にもなると、幼い子どものように目を輝かせて毎日を過ごすことが少なくなってきていると思います。そして「喜んで毎日生活していますか?」と質問されても、なかなか「はい」とは言いづらいのではないでしょうか。私の中学・高校時代も「勉強は面倒くさい」「親や先生はうるさい」といつも不平不満を言っていた気がします。今ではとても反省しています。
 思春期・青年期は必ずしも「嬉しい」「楽しい」ことばかりではなく、ある意味では「つらい」「しんどい」あるいは人間関係や自分自身との対決で疲れ、悩んでいる時期かもしれません。でも、この時期も皆さんが立派な大人になるためには必要な時間だと思います。私は、悩み、苦しまない人なんかいないと思うし、もしそんな人がいたとしたら、その人の人生なんて最終的にはちっぽけなものになってしまうと思います。それくらい思春期・青年期に悩み苦しむ体験をすることは大切で、その体験が次の大きな喜びに繋がっていくものだと信じています。
 私は萩生まれの萩育ちで、地元は越ケ浜という漁村です。昔は、漁業に従事している人が多く、その関係で顔の色が黒く、声も大きく言葉遣いも乱暴で、怖い感じの人がいっぱいいました。でも私は、小さい頃からそんな地元のおじさん、おばさん、おじいさんやおばあさんと話しをするのが好きでした。今でも時々長話をします。私は年配の人の苦労話や自慢話が好きなのではなく、実は、その人たちの顔や姿、立ち振る舞いに惹かれているのです。皆落ち着いて、自信と喜びに満ちた表情をしているからです。年取ったおじいさんやおばあさんの姿には、自分の仕事や生き方に、精一杯エネルギーを費やしたことへの充実感が表れています。皆さんの身近なところにも本当に良い表情をした年配の方がいらっしゃるでしょう。
 一生涯、家と畑の往復で人生を終えようとしているおばあさん。海をこよなく愛し、海の素晴らしさも、怖さも全て知り尽くしている漁師のおじいさんなどに出会うと、その人達の人生は他の人と比較することではなく、自分自身の人生として本当に満足していることがよく伝わってきます。 
 私は「喜び」とは、「嬉しい・楽しい」だけではなく、心の奥から出る「安心感や充実感」だと思っています。今の皆さんはまだ若くて、長い人生を過ごしてきた人のような喜びを感じることは難しいかもしれません。しかし、毎日の積み重ねが人生ですから、今自分ができること、自分がしなければならないことに誠実に取り組むこと、そして目標をもって辛さに耐えていくことなど、日々の努力が喜びにかわると信じて毎日を過ごしてください。

 来週から期末テストが始まります。学習も毎日の積み重ねが力となり、自分の将来に必ず役立ちます。暑さや梅雨のうっとうしさを理由にせず、精一杯の努力をしてください。そして追試やレポート提出のない気持ち良い学期末を迎えましょう。

ゆるし 6月24日(金)

 みなさん、先日の文化祭、お疲れさまでした。みなさんのおかげで大変盛り上がり、良い文化祭だったと思います。私自身も楽しい1日を過ごすことができました。ありがとうございました。
 さて、6月も残すところあと1週間です。みなさん、今月のテーマを覚えていますか。すぐに出てくるでしょうか。
 今月のテーマは「ゆるし」です。
 私もみなさんも毎朝「主の祈り」を唱えています。その中に「私たちも人を許します」という箇所があります。私はこの部分を特に大切に唱えています。私は光塩に来て、「ゆるす」ということの難しさ、「ゆるす」ということの大切さを学びました。
 光塩に来る前の私は、今よりも自分に甘く、ズルいこともたくさんしてきました。言い訳ばかりして、面倒くさいことからは逃げていました。しかし、そんな私が光塩に来て気付いたこと。それは、それまで周りにいてくれた人たちが、私をずっと許してくれていたということでした。
 光塩では嘘はすぐばれます。ズルいことをすると、必ず返ってきます。恐ろしいのはそれらが忘れたころに返ってくるということです。私は、光塩に来てからそれまでのツケが回ってきたかのようにたくさんの痛い目にあいました。しかし、そのことで許し、許されることの尊さを学びました。許されるためには、自分も許さなければならない、自分自身もずっと許されてきたのだからと思えるようになってきました。このことは、光塩でしか学べなかったと思います。
 それ以外にも光塩に来て多くのことを学びました。みなさんもきっと同じだと思います。人として大切なことを学んでいる毎日だと思います。中3、高3のみなさんは少しずつ自分が変わってきたことを感じているのではないでしょうか。
 そんなたくさんのことを教えてくれる光塩に1つの変化が訪れようとしています。高校生のみなさん、みなさんがこの円型校舎で授業を受けるのは今日で最後です。62年の歴史が変わろうとしている今を、今日を、みなさんと一緒に過ごせることに感謝しています。たくさんの人たちの想いの詰まった円型校舎とのお別れの日を大切に過ごしましょう。

選挙 6月17日(金)

 選挙のニュースを見る度に、残念に思うことがあります。それは、最近の日本の投票率の低さです。私が子どもの頃は、選挙では投票率70%台が当たり前で、家族も必ず選挙に行き、私は選挙に行くのは当然のことだと思っていました。
 ところが、最近は投票率50%台が当たり前になってしまっています。ひどいときは30%台のこともあります。特に、問題になっているのが若者の投票率の低さです。

 民主政治とは、国民が政治を動かす決定権を持ち、だれもが政治に参加できるしくみです。そして、選挙という方法で、国民は自分の意思を表します。確かに日本の政治には多くの問題がありますが、選挙に行かないということは、国民自身が民主政治を放棄したことになるのではないでしょうか。

 ところで、公職選挙法が70年ぶりに改正され、今年の6月から行われる選挙で、18歳と19歳の若者も選挙権を持つことになりました。
 選挙法が改正された理由は、大きく2つあります。第一は、現在世界のほとんどの国で、18歳は大人とされ、選挙権を持っています。世界の常識に日本も合わせていこうということです。第二は、若い人が政治に参加する機会を作り、若い人の意見を政治に反映させていくためです。これから日本は少子高齢化が進むので、選挙権を持つ若い人の数が増えないと、ますます老人中心の政治になってしまうからです。

 18歳選挙権は、日本の政治を変える、画期的な試みだと思います。
 7月10日に行われる参議院議員選挙では、誕生日が7月11日の人までが投票できることになります。光塩では、高3の1/4が投票権を持ちます。しかし、高3のみなさんにとっては、突然選挙権を与えられて、戸惑っているというのが正直なところではないでしょうか。

 これは、大人も同じです。多くの学校で選挙の大切さやルールについて、どう伝えていけばよいか試行錯誤が続いています。社会科を教えている私も、何かヒントになるのではないかと、先日行われた『山口県18歳選挙権推進大会』に参加してみました。
 その中で講師の先生のおっしゃった次の言葉が印象に残っています。
 「若い人たちは決して政治に関心がないわけではありません。今の若者は、困っている人のために何かしたいという、優しい気持ちを持ち、多くの若者がボランティア活動に熱心に参加しています。若者は、自分が動いて汗を流す方が、社会のためになると考えています。しかし、個人の力には限界があります。社会の制度や構造を変えようとする時に必要なのが政治で、政治の力にしかできないことがあります。」

 つまり、私たちの持つ一票は社会を変える可能性を秘めているのです。一人ひとりの一票が集まった時、社会を変える大きな力になることを信じて、選挙に行ってみませんか。だれに投票したらよいかわからないという人は、今からでも遅くありません。新聞やテレビで情報を収集し、自分なりの意見を持ちましょう。
 そして、後に続く高校生・中学生の皆さん、これからの時代は、人任せにしていてはいけません。日本や世界で起こっていることに関心を持ち、自分なりの意見を持って、自分の意志で行動できる人になるよう頑張りましょう。

保健室から 6月10日(金)

 今、円型校舎建て替えのために保健室を移動しています。保健室掃除の人や皆さんの力を借りて引越しをしているところです。力をかしてくれてありがとうございます。

 保健室は、あまりなじみのない人もいるかと思いますが、私にとっては、生活圏のほとんどをしめている場所です。
 私が勤めたとき、光塩学院に保健室がありませんでした。広さも今の半分で、教室と同じ木の床でした。洗面所は付けていただきましたが、二段ベットの上の段が布団置場で、薬品戸棚のカーテンと、つい立の布を手縫いしたのを覚えています。

 新しく買えば、何でもきれいに整えられたでしょうが、一生懸命、保健室を手作りしたことが思い出です。こうして、何もないところから、コツコツ大事に育てていくことは生き物と同じで、とても可愛く感じますね。

 現在の保健室は、そろえて置かなければならない決まり事も沢山あり、新しく改装されています。沢山の卒業生が体重・身長を測定し、泣いたり笑ったり、怒ったり・・・・沢山の思い出とともに、私自身も光塩に育てていただきました。
皆さんは、3年間の保健室。私には、約30年の保健室です。

 私のモットーにしていた、“ただひたすらにひたすらに、苦しいときも、悲しいときも”の言葉で力を出し、ある卒業生が言ってくれた“先生には、養護教諭は天職ですね”の言葉に元気づけられこんなに長く勤められました。そしてまた、これからも皆さんの保健室を育てていきたいです。


 今日は、円型校舎がなくなる前に、保健室の思い出話しをしました。
みなさんのお父さん、お母さんが光塩で学んだ人もいらっしゃると思います。校舎の形や過ごす年数は違っても、変わらなく変化しないものは、光塩の教えです。光と塩の教育は変わりません。その中でこうして皆さんと先生方と巡り会えた事に意味を感じて、喜んで生活しましょう。

 そして、せっかく光塩で出会うことのできた皆さんとの瞬間です。卒業までに一度は、言葉を交わしたいですね。
 

ゆるし 6月3日(金)

 5月31日には光塩会総会が行われ、保護者の方には授業参観等もしていただきました。学級懇談では、今年度になって初めての中間テストの結果もお知らせしました。結果は皆さんの勉強への姿勢のあらわれです。頑張った結果が出て満足している人、まあまあの結果でホッとしている人、今回は失敗したと思っている人など、いろいろだと思います。学習にはこれで十分という限度はありません。そして勉強は孤独な戦いです。この結果が自分の将来にも大きく影響していきます。皆さんは、部活動や校友会活動・ボランティア活動など忙しい日々を送っていると思いますが、学習に対しても常に向上心をもって取り組んで欲しいと思います。

 さて、先週から各運動部の人たちは、高校総体の県予選に出場しています。各運動部の皆さんの試合結果、練習への取り組みは、顧問の先生から報告を受けています。既に大会が終わってしまった部もありますが、これから大会に臨む生徒の皆さんは、今持っている力を最大限発揮できるよう技術面だけでなく、精神面・体力面共に万全の状態で臨んでほしいと願っています。特に3年生は、3年間の集大成の大会です。試合に勝つか負けるかではなく、3年間の厳しい練習を乗り越えてきたことを自信として頑張ってきてください。

 今月の学院のテーマは「ゆるし」です。
 4月の目標の「出会い」、5月の「かかわり」に次いで、今月の「ゆるし」、この3つには深いつながりがあります。特に中1・高1の皆さんは、4月から新しい友達や新しい先生方と「出会い」「かかわって」きました。高1の担当の先生からは、「素直で明るくて、楽しくて、みんなが仲の良い学年です。」と聞いています。しかし、どんなに良い人、素敵な人たちが集まっていても、良いことばかりが続くわけではありません。生活に慣れてくると、緊張感が薄れ、次第にわがままが出てきている人もいるでしょう。慣れることは、親しみも増しますが、同時に自分の思いどおりにならないことへの不満も出てきます。私たち人間は、自分の弱さや過ちには非常に寛大ですが、他人の失敗や間違いには厳しく敏感です。

 今月のテーマである「許し許されるという行為」は、弱い私たちにとっては、とてもありがたいことです。これまで、私たちは、家族をはじめ、たくさんの人から許され、我慢してもらってきたことを思い出してみましょう。そうすれば、私たちは、逆に自分に厳しく、人に寛大な心を持つことの方が大事だと気づくはずです。

 6月、多くの友達とのかかわりが増してくる時、相手の欠点ばかりを見るのではなく、相手を許しながら、良いところをみつけるよう努めていきましょう。

部活動の学び 5月27日(金)

 先日、女子バレーがリオ五輪の出場権を獲得したのは皆さんもご存じだと思います。私もテレビで試合を観戦していました。特に記憶に残っている試合は、タイ戦。フルセットの末、6点差からの奇跡の逆転勝利。あの試合を観戦していた私は、気持ちをドキドキさせながら、勝利を祈っていたのをいまでも思い出されます。
 そんなバレーの試合を観ながらふと私の高校3年間の部活動を思い出していました。
 私はバレー部に所属していました。ただ、バレーが好きだっただけで、気が付けば9年間バレーを続けていました。高校の部活動で思い出深いことは、担任の先生より怖かった、いや厳しかった顧問の先生のことです。もちろん練習は厳しかったのですが、それ以上に厳しかったことは学校生活のマナーやモラルのことです。みなさんもよく先生方から言われる、服装のこと、言葉遣いのこと、時間を守ること、ものを大切にすること、まだまだあげると耳が痛くなることでしょう。部活動の顧問の先生は、バレーの指導以上に、このことを大切にされていました。私も高校生のときは、いまの皆さんと同じように、先生方から愛情をもって厳しく指導を受けたことがあります。あの時は正直、それが愛情だとなかなか気づけず、また素直に受け入れられず、反発したこともあったのではないかと反省しています。いま私が教える側となり、それに気づくことができたこと、そして、私を大きく成長させ、いまの私にとって心の支えとなる大切な指導であったことがわかりました。もう1つわかったことがあります。指導された側は、嫌な気持ちになるでしょう。それ以上に指導した側は心が痛むということです。しかし、みなさんのことを思って先生方は厳しく指導してくださっているのですよ。
 マナーやモラルは社会にでて、とても大切なことです。注意されないとできないのではなく、
 一人ひとりが心がけることができるよう、これからの皆さんの学校生活に期待したいと思います。そして、みなさんがステキに成長できるよう温かく見守り続けたいと思います。
 最後に部活動の話をしましたので、引退が近い3年生のみなさん。部活動の生活を振り返ったときに、良かったと思えるよう悔いを残さず、残りの日々を大切にしてもらいたいと思います。

うれしかったこと 5月20日(金)

 みなさん、今歌った聖歌はどうでしたか?
 上手に歌えましたか?美しい歌声が神様まで届いたでしょうか?
 私は今年から中学校に配属先が変わり、中学生と時間を共に過ごすことが多くなりました。その中で驚き、そして嬉しかったことがあります。その一つがこの聖歌です。
 きっと今日も中学校のホールでは中学生一人ひとりが声を出し、美しい聖歌が響きわたっていることでしょう。
 それを聞いてなんともすがすがしく、そして嬉しく感じました。
 4月からいろいろなことが変わり、本当にやっていけるだろうかと不安になっていた時、中学校のホールでこの歌声を聞きました。また、沈黙のお祈りの時も中学校の先生方は一人一人に気を配り、かかとの位置や指先まで優しく丁寧に指導していました。
 そしてさらに驚いたのは、歌を歌うことや挨拶をする。このようなことが当たり前のこととしてみについていることです。
 また中学生は素直でのみこみがとても速いです。言われたことに対してまっすぐに対応ができ、やわらかい脳を持っているなと感じます。
 高校生に対しては困っている人を見たら「やりましょうか?」と声をかけるんだよと指導していましたが、中学生の中にはその上を行き、黙って相手のためになるようにそっと手伝う生徒までいます。
 私は光塩にきてとてもよかったなと感じていましたが、今年は更にそのことを強く感じています。
 このような生徒とともに学べること、そしてこのような生徒に出会えたことを朝の沈黙の祈りの中で、毎日神様にありがとうを言っています。
 さて、今日もまたはじまりました。
 今日もまた、素晴らしい生徒とともに学校生活を送ることができることに感謝して、一日を過ごそうと思います。

広島へ 5月13日(金)

 オバマ大統領が、5月27日、現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪問することが決まりました。
アメリカはこれまで、原爆投下のおかげで戦争終結を早めることができ、それによってむしろ多くの命が救われたという信念を持っており、元軍人たちもそのことに誇りを持っていました。日本ではいろいろな場所で原爆の写真展が行われていますが、少し前のアメリカではそのような写真展も行うことができない状況でした。また、原爆ドームがユネスコの世界遺産に登録されるときも、最後まで反対したのはアメリカでした。昨年の調査でも、原爆投下が正当化されると答えたアメリカ人は56%もいるということです。それ故に、アメリカの大統領は今まで広島を訪問することはできませんでした。
 しかし、オバマ大統領就任後、アメリカは徐々に変わってきました。オバマ大統領は2009年にチェコのプラハで「核兵器のない世界を目指す」と演説しその年、ノーベル平和賞を受賞しています。また、2010年にはルース駐日大使が、そして続くケネディ駐日大使も広島の平和記念式典に出席しました。さらに今年4月、G7外相会合で来日したケリー国務長官も原爆資料館と平和記念公園を訪れ、「すべての人が広島を訪れるべきで、アメリカ大統領がいつか「すべての人」の一人になるのを望んでいる」といい、オバマ大統領にもこのことを伝えるといいました。原爆投下から71年という長い年月がたちましたが、大統領の広島訪問が実現しました。そして、アメリカは世界で唯一の核兵器使用国として核廃絶に向けて特別な責任を負うとも述べています。「過ちは繰り返しませぬから」という原爆慰霊碑に刻まれた言葉が、広島長崎だけではなく、世界中の人々の力強い決意となる日が大きく近づいたように思います。
 オバマ大統領が広島でどのようなメッセージを発信するか、皆さん注目しましょう。

5月6日 かかわり

 5月になって新緑の美しい季節になりました。しかしゴールデンウィークの期間は、風の強い日が多く、ゆっくり自然を眺めることができませんでした。皆さん、連休はどのように過ごしましたか?ゆっくり休んで新年度の緊張感からくる疲れが取れた人、部活動に励み、日焼けした人、ボランティア活動に参加した人など、それぞれ充実した休みが取れたのではないでしょうか。来週からは試験週間に入ります。今日から気持ちを切り替え、集中して学習に取り組んでいきましょう。
 ところで、5月はカトリック教会ではイエスの母、聖母マリアを讃える月になっています。地球の北半球、特にヨーロッパでは春のお祭りとしていたるところで、マリア祭が行われています。寒く長い冬から解き放たれて、春の訪れを喜ぶお祭りとして、何世紀も続いてきました。本校でも5月2日から津和野で行われた乙女峠の巡礼に、8名の生徒が参加しました。また、戦争や災害で傷ついている地域でも、このマリア祭を祝い、人々の平和と幸せを祈ってきました。私たちも聖母マリアと共に、世界の平和と災害、特につい先日熊本・エクアドルで起こった大地震で大きな被害を受けた人々のために祈りたいと思います。
 さて、今月の学院の目標は「かかわり」です。
良いかかわりをもつために、私は2つのことが必要だと思っています。ひとつは積極的に人と接しようと努力すること。もうひとつは、一人で過ごす時間を大切にすることです。このふたつは相反するようですが、私は大事なことだと思っています。
 人とのかかわりは、自分が傷ついたり、相手を傷つけたりすることもあります。でも、かかわることから逃げていては、いつまでもお互いを理解し合うことはできません。憶測や思い込みではなく、勇気をもってコミュ二ケーションをとることによって、友達や家族そしてクラスでの良い人間関係ができるのです。
 また、多くの人とかかわるということは、ストレスがたまるのも事実です。そして、時としてイライラしたり、相手を批判したりします。しかし、そのイライラの原因は相手にあるのではなく、自分自身にあることがほとんどです。そんな時はケータイやパソコンから少し離れて、一人で趣味の時間に没頭したり、豊かな自然を眺めたりするなど、一人の時間を持つことによって、本当の意味で良い人間関係を築くことができるのではないでしょうか。
 今月は、かかわりと自分を見つめることの両方を大切にする月にしていきましょう。

写真 2月19日(金)

 私は学校行事の時、記録係として皆さんの写真を撮っています。ずっと写真の係をしていますが、最初の頃はただ行事の記録として撮っているだけで、枚数もそれほど多くは撮っていなかったと思います。しかし、写真を撮っていると、皆さんのいろんな表情を見ることができます。普段明るい人が、カメラを向けると恥ずかしそうに顔を隠したり、逆におとなしい印象の子が、カメラの前ではとてもいい笑顔を見せてくれたりします。もちろん行事に一生懸命取り組んでいる姿の写真が大部分ですが、中には毎回、意味不明の決めポーズをしてくる人やなぜかアップでばかり写っている人、遠くに小さく映っているのによく見るとカメラ目線でピースしている人など見ていて楽しい写真も多く、自然に撮る枚数も増えていきました。最近は一つの行事で気づくと何百枚と撮ってしまいます。
 体育祭の競技やバザーの仕事に真剣に取り組む表情や、クラスマッチや文化祭では心から楽しんでいる表情など、普段の学校生活では見られないような顔が見えて、そんな写真を見るたびに一人ひとりが主役なんだと思わされます。行事によって印象に残る人、目立つ人というのはいると思いますが、目立たない場所でも自分の役割に精いっぱい取り組んでいる人はやはりいい表情をしています。写真を見返してみると特定の人だけが目立っているのではなく、いろんな人がそれぞれの場所で活躍しているのがよく分かります。
 明日はコース・文化部発表会です。高3の皆さんにとってはこれまでコースや部活動でまなんできたこと、練習に励んできた成果を発表する高校生活の集大成の場です。今から緊張や不安でいっぱいの人もいるかもしれませんが、今までの努力を信じて、堂々と発表してください。皆さんの笑顔や自信にあふれた最高の表情をたくさん写真に撮りたいと思います。

季節を楽しむ 2月12日(金)

 皆さんは、季節の行事を楽しんでいますか?私は、生活の中で行事(特に日本の行事)を楽しむことを心がけています。なぜなら、行事は私たちに「感じることが出来る機会」を与えてくれるからです。忙しく流れていく毎日の中でも、行事を通してその時々の季節を感じることが出来ます。また、神様に、先祖に、食べ物に…感謝をする機会は何かきっかけがないと実感しにくいものではないでしょうか?行事を通して様々なことを自分で体験し、考える中で同時に感謝の機会をもつことも出来ているように感じます。
 最近は、「なんで?どうして?」と好奇心や探求心の強い子供達の影響か、様々な行事やお祭りの由来や意味を調べることも多くなり、より行事を深く楽しむことが出来嬉しく感じています。中には風習を難しく考えて「面倒くさい」と遠ざけてしまう人もいるようですが、とても勿体ないなと感じています。もちろん凝りに凝って沢山の準備をするのも楽しいです(どちらかというと、私は凝ってしまうタイプです)が、毎回では疲れてしまいますし、それがおっくうで行事が楽しめないのは本末転倒です。準備を完璧にこなそうとするのではなく、出来ることからしてみてはどうでしょうか?お花見などで季節を肌で感じるように行事や風習も、もっと気軽に楽しんで良いものだと思います。
 先日2/4は立春で、二十四節気の最初、春(1年)の始まりの特別な日です。二十四節気とは1年を24等分し、分割点を含む日に季節を表す名称をつけたものです。前日の2/3の節分は季節を分けると書くように、元々は春・夏・秋・冬の4つの季節が入れ替わる前日に年4回あったのですが、現在は一番特別な立春の前日のみの行事になっています。立春は春の始まりの日と言うものの、1年で一番寒いことも多く風はまだまだ冷たいです。しかし、その中でもチューリップの芽が出る等少しずつ春の訪れを感じることが出来ます。2/14はバレンタインデー。愛や感謝の気持ちを大切な人に伝える日。2/19からは雨水「空からふる雪が雨へと変わり雪が溶け始める頃」です。この時期には三寒四温といって、三日寒い日が続き次の四日暖かい日が続くことが多くなると言われています。春一番が吹くのもこの頃です。春二番・春三番と三寒四温を繰り返しながら季節は少しずつ春へと向かっていきます。新しい春が始まる2月は新しい一歩への準備を始めるよい機会です。この機会に心も身体も改めて次の展開へ向けて準備をしていきましょう。
「感じる」ことを大切に皆さんも1年を楽しんでみてください。
 

キリストの平和 1月22日

 おはようございます。今日は先週の話の続きをいたします。先週、私は1月のテーマである「平和」について話しました。覚えていますか?
「キリストの平和が私たちの心のすみずみにまでゆきわたりますように。」という歌の歌詞のとおり、私たちは、平和について考えるとき、本当に実現させなければならないのは、「キリストの平和」ではないでしょうか。
 では、「キリストの平和」って何でしょう。それは、私たちが互いに愛することにほかなりません。私たちが互いに愛し合うなら、そこに「キリストの平和」が実現します。以前、東北の震災ボランティアに参加した若者が、次のように話していました。「自分は、ボランティアを通して、多くの人とのかかわりができました。そして、ここに来て何よりうれしかったのは、今の自分を必要としてくれる人がいることです。」私も、震災ボランティアに2度行きましたが、この若者と同じような気持ちになりました。知らない人とかかわりを持つことで、人は他人への思いやり、優しさを身につけることができ、さらに自分自身をも見つめなおすことができるのではないでしょうか。そして何より、自分が誰かに必要とされていることに気づき、しあわせな気持ちになれるのです。
 毎日、なにげなく暮らしている私たちは、日々の生活の中で、「自分を必要としている人」がいることに気づかないことが多いと思います。家族とともにいるとき、学校で友達と一緒にいるとき、職場で、地域社会で、「あなたを必要としている人」がたくさんいるはずです。挨拶をしない人に対して文句を言う前に、自分のほうからその人に笑顔で挨拶をしてみてはどうでしょう。きっと、そこに小さな「キリストの平和」が実現すると思います。
 高3の皆さんはもうすぐ卒業です。この3年間、萩光塩学院で学んだキリスト教精神をこれからは、新しい場所で大いに発揮し、日々の生活を通して、互いに愛し合い、小さな「キリストの平和」を積み重ねていってほしいと願っています。

チューニング 11月27日(金)

 萩光塩の大切な行事の1つである光塩バザーが終わりました。この日のために、生徒も教員も保護者も準備をし、雨が心配されていた当日の天気は晴れで大盛況の中終わりました。本当にお疲れさまでした。
 バザー後の2連休が明け、昨日からまたいつも通りの学校生活に戻りましたが、バザーの疲れが抜け切れず、まだ何だか疲れててあんまり元気がないなまたは、休みが続いてなかなか勉強モードに切り替えれず、まだだらだらしたい気持ちに引っ張られてやる気がでないってい生徒がいるように感じました。
 実際に、私の受け持っているクラスの生徒もほとんどがどちらかに当てはまっていました。
これからテストも始まるのにやばいなという気持ちはあるようですが、なかなか行動に起こせない

 これは、『自分自身のチューニング』がうまくできていない時にそんな状態になるそうです。
 自分自身がなんとなくしっくりきていない、そういう感じの状態です。
 今日はそのしっくりきていない心のチューニングについて紹介したいと思います。
 心や気持ちのリセットという言葉は聞いたことがあると思います。
 多くの人が嫌なことや失敗したことがあったとき、
あのときああすれば…とかあの時に戻りたい。とか後悔を引きずってしまいがちです。
 そして、なんとか気持ちを整理し、『リセット』してなかったことにして前に進もうと思います。
これはプラス思考に見え、0にするだけ、気持ちの切り替えをするだけと、簡単そうに見えますが、このリセットというのは本当はとても難しいことなのです。
 なぜなら、あったことをなかったことにする、またはなかった状態まで気持ちを大きく戻すということだからです。
 できる人もいるかもしれませんが、実際はリセットしきれてないかもしれません。
 チューニングならそこまでパワー必要としないし、そんなに難しくはありません
 チューニングとは調整です。
 楽器の音高を、演奏に先立って適切な状態に調整すること。が本来の意味です。
 なので自分自身のチューニングとは少しずつベストだった自分に近づけていくということです。
 方法は簡単です。
 『心地よくって、好きだと思えることをする』
 自分がいいなと思うことをしたり、触れたりすることだそうです。
 していて心地いいと感じることをする。
 自分が自分らしく心地いいと思えることをする。
 そうやって、ちょっとずつ自分のベストな状態に近づいていくチューニングを行っていくのです。
 いつもの自分に戻っていけるように。
 例えば
 自分のお気に入りの音楽だけを聴く
 ちょうどいい睡眠をとる
 好きなものを食べる、散歩する、友達と遊ぶなど
 また依存しすぎなテレビ、スマホ、ネットから離れてみるというのもいいかもしれません。
 ただ、しなければいけない嫌なことに目を背けて、好きなことにばかりに逃げるのとは違います。
 これはただの現実逃避です。
 サッカー日本代表キャプテンとして、活躍した長谷部選手の言葉にこんな言葉があります。
『心は鍛えるものではなく、整えるものだ。いかなる時も安定した心を備えることが、
常に力と結果を出せる秘訣だ。自分自身に打ち勝てない人間が、ピッチで勝てるわけがない。』

 リセットで気持ちを一気に切り替えるのも方法ですが、一気に切り替えるのが難しい人は日々の生活のリズム、睡眠、食事、勉強、遊びなど見直して、少しでもベストな状態から外れてきたかな乱れてきたかなと思ったら自分で自分自身のチューニング方法で整える。少しずつ自分自身のチューニングを行ってベストの自分に近づいていきましょう。
 自分の身体をチューニングできている感覚を覚える。
 自分自身のチューニング。みなさんのチューニング方法は何ですか?
 こういう方法をきちんと持っているって、きっと大切なことだと思います。

“I”の在り方 11月13日(金)

 私は顧問としてバスケットボールを教える立場にあると同時に、今も現役のプレイヤーとしてプレイしています。バスケットを見ている時もしている時もいつも考えているのが“I”(自分)の在り方です。  バスケットボールの世界ではよく、「TEAMに“I”という文字はない」と言われます。TEAMというスペルの中にIという文字がないことから、「チームの中で一人が目立つ必要はない。みんなで協力することが大事である」という意味で、とても素晴らしい言葉だと思います。バスケットボールだけでなく、すべてのチームスポーツ、また、集団生活にも当てはめることができます。まわりの人と力を合わせて物事に取り組むことでより良い結果が得られるでしょう。また、「WINには“I”がある」という言葉もそれと同じくらい有名です。「勝つため(いい結果を得る)には自分が積極的でなくてはならない」という意味です。一見、先ほどとことばと相反するようですが、私はこの言葉も本質は先ほどと同じであると考えています。バスケットボールというスポーツは5人対5人で試合が行われます。もし味方の一人の選手が活躍をすれば、相手はその選手を2人で守らなければならなくなり、周りは4対3となり数的有利な状況でゲームを進めることができます。コートが狭いため、バスケットボールでは他のチームスポーツよりそれが顕著にでます。つまり、集団の利益のために個人の活躍も必要な場合もあるということです。自分のためではなく他者を活かすために目立つという考え方もあるのです。
 さて、これからバザーが近づいてくるにつれて準備もどんどん大変になっていきます。みんなで協力することを忘れずによりよいものができるように取り組んでいきましょう。また、自分の「楽しさ」「自己満足」のためではなく、みんなと「喜び」「達成感」を分かち合えるように、みなさんひとり一人が積極的に取り組んでいきましょう。

実りの秋に 10月23日(金)

 私は、今年の春から水連鉢でメダカを飼っています。メダカは漢字で「目が高い」と書きますがその名前の由来は、目が大きく、頭の上端から飛び出していることからきています。日本や台湾、朝鮮半島、中国などの東アジアに分布し、4~30℃くらいで生息します。日本では本州~沖縄にかけて分布し、飼育が簡単なので、江戸時代から観賞魚として飼われるようになりました。そして、来日したシーボルトによって、1823年にヨーロッパに紹介されました。野生種の黒メダカ以外に、色素の欠損により生じた、黒色素のない緋メダカや、黒・黄色の色素のない白メダカ、黄色素がない青メダカ、全色素がなく脳や内臓まで透けて見える透明メダカなどが知られています。最近は、発光クラゲの遺伝子を導入した発光する遺伝子組換えメダカまでつくられています。
 メダカの寿命は1年数か月といわれていますが、わが家のメダカは暑い夏の頃から数が減って行き、朝夕冷え込む頃になると、ついに1匹になりました。このまま全滅かなと思って、水草をかき混ぜてみると、小さな針のような赤ちゃんメダカがわっと出てきてびっくりしました。プランターの中でも、金魚草やノースポールの小さな子どもたちが、知らない間に芽を出していました。親は消えても、次の子どもへと命は続いていくのだなと思い、少し感動しました。命はこのように愛おしいものです。
 今は秋真っ盛りです。季節は実りの秋、収穫の秋を迎えています。皆さんはこの1年で、自分の中に実ったものがありますか。収穫できるものがあるでしょうか。静かに自分をみつめてみましょう。

routine 10月9日(金)

 みなさんは「スポーツの秋」を満喫していますか。
 私はスポーツが好きで年間を通して様々なスポーツに参加したりテレビや生で観戦したりしています。スポーツの試合をテレビで見ているとある言葉を耳にします。それは「routine」という言葉です。ずっと前から使われていた言葉ですが、最近聞く機会が増えています。それはラグビーワールドカップ2015の試合の中でです。初戦で世界ランキング3位だった南アフリカを下し、歴史的勝利を挙げたことでラグビー日本代表に一気に注目が集まるようになりました。その日本代表でプレースキッカーを務めるフルバックの五郎丸歩選手のキックをする前のしぐさがまさに五郎丸選手の「routine」に当たります。「routine」とは、英語で「おきまりの手順」、スポーツでは「決められた一連の動き」という意味で使われます。彼のその独特の動きをみたことがある人もいると思いますが、ボールをキックするときは決まってボールを2回転させてセットし、3歩下がってから左へ2歩移動、そして右手を左手に向けて何回か動かす動作をし、少しかがむような姿勢で両手を合わせ、両人差し指を立ててゴールポストを何回か見る。数歩下がって時間をかけずにキック。毎回決められた動作をすることで精神を安定させいつもどおりのことができる、そのための「routine」なのです。メジャーリーガーのイチロー選手がバッターボックスに入ってから構えるまでにする一連の動作もまさに「routine」です。トップレベルで活躍するアスリートこそ「routine」を大切にしています。それは良い精神状態こそがベストなパフォーマンスを発揮することを知っているからです。同じ動作をし、普段通りの精神状態を作り集中力を上げ、普段の力を発揮する、これこそがトップアスリートが活躍している理由の一つだと言えます。これはスポーツに限らず、勉強や仕事にも活かすことができるはずです。毎回同じ行動を取り続けることで心が落ち着き、平常心が生まれます。日頃の練習や勉強の成果を限りなく100%発揮するためには強いメンタルが必要です。最後に一つ言葉を紹介します。「心を強くするのは難しいことに挑戦したときではないのです。誰でもできるような簡単なことを毎日継続することで心が強くなっていくのです。」みなさんも自分のルーティンを作り、様々な場面で持てる力を最大限に発揮できるメンタルを作り上げていってください。

神様の望まれる背丈まで 6月26日(金)

 みなさん、6月の月の異名(古称)は「水無月」です。水の無い月と書きますが、水が無いわけではありません。水無月の無いは神無月の「な」と同じく、「の」に当たる連体助詞「な」で、「水の月」と言う意味です。陰暦の6月は田に水を引く月であることから、水無月と言われるようになりました。現在は、田植えも終わり梅雨のシーズンまっただ中で、ジメジメとした日が続きますが、登下校時にふと回りを見渡すと、この季節にしか体感できない菖蒲の花、アジサイの花、雨の音などの梅雨らしさに魅了されています。平安時代に活躍した清少納言も枕草子で四季の「をかし」について読んでいるように、みなさんもこの季節ならではの自分なりの「をかし」について、思いを馳せてみてはいかがですか?

 さて、先日の文化祭は大変盛り上がり思い出に残るものとなりました。これもみなさん一人ひとりが与えられた役割を一生懸命に取り組んだ成果だと思います。この文化祭を通して得られた達成感は、楽しい思い出とともに、皆さんが将来困難な壁にぶつかった時に、乗り越えるための一つの糧にきっとなることでしょう。
 また、当日はご両親をはじめ多くの来客がありました。これも主役であるみなさんの日々の活動や成長した姿を間近で見たいという思いの表れではないでしょうか。
 皆さんが今充実した学院生活を送れているのも、皆さんのことを一番に想い、心配し、大切にしてくれている人がいるからです。端的に言えば、お父さん、お母さん、先生方、友人、兄弟、姉妹も然り。これまで、色々とうるさく言われ、衝突したこともあったでしょう。しかし、自分が恵まれた環境の中で、結構贅沢を言いながら過ごしていることに気付いて欲しいです。それを今振り返ってみて自分自身どう据えることが出来るか。きっと、私が皆さんに支えられてやってきたのと同じ、いやそれ以上のはずです。そんな時、自分のことを心配してくれている人、応援してくれている人のことを思い出して、前向きに頑張ってください。皆さんが頑張る姿は何物にも変えられない財産です。「神様の望まれる背丈」に少しでも近づけるように共に成長していきましょう。

雨の日は 6月19日(金)

 みなさんは雨の日をどうやって過ごしていますか。雨が降ると何となく気分が憂鬱で自分の何もかもが人より劣っているように思え、まわりの人のちょっとした言葉が自分を非難しているように感じられることはありませんか。私は自分に自信がなく、いつも自分を否定してしまいます。失敗したり落ち込んだりしたときには、自分のことが嫌で嫌でたまらなくなります。特に雨の降る日は自分の心までどんよりしているような気分になります。
 しかし、落ち込んだ時には「学んだことは裏切らない」という言葉を思い出すことにしています。どんなに自信を失うことがあっても、自分が学んできたものは私の中に残っているのですから、自分を否定する必要はないのです。何も話せなかった赤ちゃんの私に言葉を教え、生き方を教えてくれた父や母。私に毎日絵本を読み聞かせてくれたいとこたち。学生時代は学校の先生だけでなく、友人や本から学んだこともたくさんありました。そうやって学んできたものが私の財産です。そう考えると頭の上にあった重い雲が取り払われ、だんだんやる気がでてきます。自分の財産を増やすために何か始めたくなります。ちょっと憂鬱な雨の日は、何かを学ぶチャンスだと思って、本を読むのもいいかもしれません。雨の降る日は図書室に足を運んでみてはいかがですか?

さまざまな角度から 6月12日(金)

 皆さんは、毎週金曜日の先生たちからの話をどのように聞いていますか?今週はどの先生だろう?と楽しみにしている人、話の内容を自分に置きかえて聞いている人、ひょっとしたらぼーっと別のことを考えている人もいるかもしれません。私が学生だった頃は、校長先生が毎週金曜日に話をされていました。
 毎年6月になると、当時の校長先生だったSr. 三原が話された話を今でも思い出します。『6月は雨ばかりで私たちは憂鬱になりがちです。しかし、私たち人間にとっては憂鬱な雨でも、植物からみたら恵みの雨で、命の源となるものです。雨はなくてはならないものなのです。このように物事を別の角度からみたら、悪い面ばかりではなく、そのものの良い面をみつけることができます。』という内容でした。私はこの話を聞いて以来、雨の日に、「雨イヤだなー。」と思わず口にすることもありますが、「あっ、この雨は植物にとっては恵みの雨だった!雨は必要なものなんだ。」と思い出し、雨に対する憂鬱感を軽減することができるようになりました。
 私たちがもし、人に対して、あるいは物事に対して、一つの方向からしか関わられておらず、マイナスのイメージを持っていたら、そのマイナスのイメージをぬぐうことはできません。そして、その人やその物事との関わりは楽しくないはずです。しかし、別の角度からその人やその物事をみてみると、必ず良い面をみつけることができます。例えば、友だち。友だちの嫌な面を一度見てしまうと、嫌な面ばかりが見えてしまいがちです。しかし、その友だちがあなたを助けてくれたことはありませんか?あなたの力になってくれたことはありませんか?その友だちが何か良いことをしている姿を見たことはありませんか?このように別の角度からその友だちのことを考えると、その友だちの良い面はたくさんあるはずです。このように考えられると、その友だちとの楽しくなかった関わりが、楽しく充実したものへと変わるでしょう。これは人との関わりだけではなく、皆さんが面倒だなぁと思っているかもしれない、勉強や部活動、学校行事などにも通じることだと思います。
 皆さんの人生をより豊かに、より充実させるために、一方向からだけではなく、さまざまな角度から、目の前にいる人や今取り組んでいること、周りで起こっている出来事などを考えられる人になってほしいと思います。Sr. 三原の話をこれからも忘れずに、私もさまざまな角度から物事を考えられる人でありたいと思います。

今月のテーマ「許し」6月5日(金)

 新年度になって初めての中間テストの結果はどうでしたか?結果は皆さんの勉強への姿勢のあらわれです。頑張った結果が出て満足している人、まあまあの結果でホッとしている人、今回は失敗したと思っている人など、いろいろだと思います。 学習にはこれで十分という限度はありません。また勉強はある意味で孤独な戦いです。その結果も自分で受け止めなければなりませんし、この結果が大きく自分の将来に影響していきます。先生方は皆さんの学習意欲に十分に答え、共に学んでいく準備ができていますので、もっと質問したり、確認したりして意欲的に学習し、次の期末テストに向けて計画的に学んでいってください。

 さて、週末に行われた高校総体。各運動部の皆さんの活躍は、顧問の先生から報告を受けました。最終的に試合に負けてしまっても、あきらめることなく最後まで健闘したこと、その姿から皆さんの成長した姿が見られたことなど、良い報告ばかりでした。特に3年生は、3年間の集大成の大会でした。試合に勝つか負けるかではなく、3年間の厳しい練習を乗り越えたこと、つらくてやめたいと思っても、自分の心に打ち勝ったことに拍手をおくりたいと思います。この経験は社会に出た後の皆さんにとって大きな力になるはずです。今後は3年生の姿を見てきた後輩たちが、さらに活躍してくれることでしょう。

 今月の学院のテーマは「ゆるし」です。
 4月の目標の「出会い」、5月の「かかわり」に次いで、今月の「ゆるし」、この3つには深い関係があります。出会いがなければ、かかわりは生まれません。そして、かかわりのないところには、許すことも、許されることも必要ありません。先月のテーマ「かかわり」で自分とそして相手としっかり向き合うことができた時、「ゆるし」という次の段階に入っていきます。

 新学期から2か月たって、生活に慣れてくると、緊張感が薄れ、次第にわがままが出てきている人もいるでしょう。慣れることは、親しみも増しますが、同時に自分の思いどおりにならないことへの不平や不満が出てきます。私たち人間は、他人の失敗や間違いには厳しく敏感ですが、自分の弱さや過ちには非常に寛大です。許し許されるという行為は、そういう弱い私たちにとっては、とてもありがたいことです。私たちが生まれて今まで、家族をはじめ、たくさんの人から許され、我慢してきてもらったことを思い出してみましょう。そうすれば、私たちは、逆に自分に厳しく、人に寛大な心を持つことの方が大事だと気づくはずです。
 そして、許されるためには失敗の事実をありのまま認める謙虚さと謝罪する勇気が必要なこともわかると思います。

 今月は、許し許されることの素晴らしさと難しさを学ぶ月にしていきましょう。

自分と相手を 大切にする 5月22日(金)

 中間試験が終わり、高校では最終日に進路ガイダンスも行われました。自分の進路や将来、これからについて考える一週間となったのではないかと思います。
 私たち一人ひとりには無限の可能性が秘められています。しかし、何もしないままでは、その可能性は広がりません。さまざまなことに挑戦し、多くの人と触れ合っていく中で、得意なことや苦手なこと、自分にできることは何かということを知ることができるのだと思います。また、しばらくの間、続けていくことによって、苦手だと思っていたものがうまくできたり、嫌いだと思っていたもののいいところが見えてきたりもします。学校生活は、好きなことだけができるというわけではありません。自分がやりたいことをするかわりに、苦手なことや嫌いなことも行わなければならないときがあります。そんなとき、いやいややるのではなく、自分の可能性を広げるチャンスだと思って、前向きに挑戦してみてほしいと思います。
 学校ほど、短期間で多くのものごとを、自分以外の人たちと共に学べる場所はありません。その分、時に困難にぶつかります。人と意見が衝突したりもします。ぶつかる、衝突するということは、揺さぶりがかけられたということです。それは自分をより良く変えるチャンスということでもあります。もしかしたら、ぶつからずに、逃げることができることもあるかもしれません。適当に生きようと思えば、案外逃げ道は広いものです。しかし、それでは成長がありません。困難にぶつかったときにその衝撃に耐えることのできる、そこからさらに新たなものを生み出していける、しなやに対応していくための力を身に付けていってほしいと思います。
 私は、その力は「自分を信じることができるか」からくるのではないかと思います。私も三年間、皆さんと同じ、この円型校舎で学びました。そこで教わったのが、「自分を大切にすること」です。光塩に入学してきてくれて嬉しい、あなたはとても大切な存在なのだということを、いろいろな形で伝えてもらった気がします。皆さんは今、本当の意味で自分を大切にできているでしょうか。一人ひとりが大切な存在であるということを、今度は私が皆さんに伝えたいと思います。「自分を大切にすること」。それは同時に、「自分を大切にしている相手」を尊重することでもあります。周りの人を認め、一緒に歩んでいこうとするとき、私たちは大きな力を発揮することができます。
 これからの学校生活、勉強をはじめ、部活動や行事など、いろいろな経験を通して、それぞれの可能性を探し、将来の進路につなげていってほしいと思います。

後悔しないように 5月15日(金)

皆 さんは「後悔先に立たず」や「覆水盆に返らず」ということわざを知っていますか?

意味は、「すでに終わったことを、いくら悔やんでも取り返しがつかない」ということです。

 新学期から一ヶ月が経ち、新1年 生も学校に慣れてきた頃だと思います。ですが、「慣れ」は同時に「気の緩み」をうんでしまうことがあります。

 友達だから大丈夫だろうと思いから、軽い気持ちでいたずらをしたことが、大きな問題に発展してしまったり、 道路交通法を守らずに大きな事故に巻き込まれたりなど、少しの心遣いで回避できることがあるにもかかわらず、失敗をしてしまうものです。

 もちろん「失敗」は誰にでもありますが、「後悔」をするような「失敗」はしたくないものです。しっかりと準 備して、努力した結果が失敗になってしまった場合は、反省して次につなげられます。

 遠回しな言い方になってしまいましたが、来週は今年度最初の定期試験です。高3にとっては受験前の重要なテ ストになりますし、中1・高1にとっては入学後初めての中間試験となります。

 目標はそれぞれ違うでしょうが、自分の力を発揮できるようにしっかりと準備して、「後悔」の残らないスター トを切りましょう。

新体力テスト 5月8日(金)

 みなさん、先日行われた新体力テストの結果をどう受け止めていますか?
昨年度より結果が上がったと喜んでいる人もいれば、下がって悔しがっている人、辛くて苦しいテストも終わりホッとしているそんな人もいるかもしれませんね。
 今日は、新体力テストの意義とねらいについて少しお話ししたいと思います。
私たちが生存し活動するために体に備わった能力のことを体力といいます。生活のすべての基本になるのは体力であります。運動するときに発揮するだけでなく、実は物事に集中して取り組んだり、持続的に行ったりするためには、体力が必要であります。また、疲れにくく、病気にかかりにくくするためにも体力が必要となります。近年、現代人の体力低下が問題となっています。生涯の中で最も著しく成長期を迎えている生徒のみなさん、将来に向けて健康で生き生きとした生活を送るための基礎づくりをするこの時期に、自分の体力に関心をもたなければなりません。新体力テストはデータを継続的に測定できるよう広い年齢層にわたって同一のテスト項目を測定することとなっています。測定結果によって、自分自身の体力の実態を知り、課題を見いだし、そして、自分にあった運動種目を選んだり、バランスよく体力を高めるための運動や練習の仕方を考えたり工夫したりするときの参考にもなります。いずれ、みなさんの元に今回の結果が届きます。体力テストを通し、自分の体力の現状を知り、将来に向けて体力を高めることに、前向きになってもらいたいものです。学校生活でのたくさんの試練をしっかり乗り越えていくためにも、体力をつけていってくださいね。

吸収すること 4月24日(金)

 皆さんのほうができて、私のほうができないことがあります。何だと思いますか?
 それは「物事を吸収すること」です。
 人の話を素直に聞くこと、自分の間違いを認め素直に「ごめんなさい」と謝ること、困っている人がいたら「手伝いましょうか」と声をかけること、人を許すこと・・・。言い始めたらきりがありませんが、これは私が光塩に来て学んだことです。
 みなさんは光塩をどんな学校だと思っていますか?また、光塩のことを全く知らない人に、自分の学校はどのような学校だと紹介しますか?
 私はある日、こんなことを思いました。
 「この学校は日本一だな」
 なにが日本一なのか。
 光塩は「人として大切なこと」をしっかりと教えてくれる学校です。
 学校なので勉強を教えてくれるのはもちろんですが、それと同時に人が生きていくうえで大切なこともしっかりと教えてくれます。キリスト教の教えを通して、わかりやすくまた神様の言葉、願い、期待も知ることができます。
 私はなかなか人から言われたことを素直に吸収することができませんでした。特に自分が考えていたことと違うことを言われると、私はとても短気なので「カチン」ときてしまい、あからさまに「はぁ?」といやな顔、嫌な態度、いやな言葉を発していました。また自分はこれでいいのだと考え、都合の悪いことは言い訳し何とか相手を納得させようと必死でした。また、間違いを素直に認める、謝るということは本当に難しいことでした。
 しかし、光塩の先生たちは違いました。私のようなわがままで薄っぺらい思いなどはみじんもなく、相手を自分の家族と同じように深く考え、愛し、どうしたら相手の気持ちに寄り添い、これから生きていく上でより良い方向に進むことができるのかを考えて話をされていました。
 口先だけ、目先のことだけの調子のよいことばではありません。
 時には本質をついた厳しい言葉もズバッといわれることがあります。
 それに対しみなさんは、言葉の意味を知り、考え、素直に吸収し、変化し、そしてまっすぐに成長していきます。
 この姿を見たとき、私はこの学校が日本一だと思いました。
 また私も皆さんを見習い、同じように成長していきたいと思うようになりました。
 
 「学ぶ」姿勢を身につけ、これから出会う人々から何かを吸収しようという意欲を養い、育てること。

 この言葉は昭和55年に校長だったSr.池田が光塩の入学式の際にお話しされた言葉です。
 いつの時代でも光塩が大切にしてきたものが変わらないのだということがわかります。
 私もここで働かせてもらっていることの意味を知り、皆さんに負けないように、吸収する力を養い、人として大切なことを伝えることのできる人になりたいと思っています。

しなやかな心 4月17日(金)

 先日Yahoo!を見ていて、ある記事にびっくりしました。「ジャポニカ学習帳から昆虫が消えた」という記事です。読んだ人もいるかもしれません。ジャポニカ学習帳は表紙に花や昆虫の写真が載っているノートで、教科や学年に合わせて約50種類が販売されています。皆さんも小学校の時に使ったことがあるでしょう。このノートの昆虫の写真が、だんだん数が少なくなり、2012年には完全に姿を消し、花の写真だけになってしまったというのです。発売元の「ショウワノート」のホームページを見てみると、確かに花の写真だけになっています。でも、私が驚いたのはその理由です。その理由は、「娘が昆虫写真が嫌でノートを持てないと言っている」といったような保護者や教師からの意見が寄せられたからだと言います。保護者が言うのはまだ分かる気もしますが、学校の先生がこんなことを言うとは信じられません。それほど多い意見ではなかったそうですが、その会社では「一人でも嫌だと感じる人がいるのであればやめよう」となったそうです。なら、「花の写真が気持ち悪い」と誰かが言えば、花の写真もやめるのでしょうか。このような少人数の意見の陰に、このノートの昆虫や花の写真を好きな人が何百倍もいるはずです。気持ち悪いと思ったら別のノートを買えば良いだけのことです。そんな理由で昆虫の写真がなくなったというのは、本当に残念なことです。
 私たちの生活は心地よいことばかりではありません。不快なことやおもしろくないことがたくさんあります。でも、それらを昆虫の写真のようになくしてしまうことがよい解決方法なのでしょうか。自分の嫌なことを受け入れたり、または上手にそれを気にせず流したりする、しなやかな心が大切だと思います。皆さんは嫌なことがあったときどのように対処しますか。考えてみてください。

富岡町研修ツアーに参加して 2月27日(金)

 私は、昨年の夏 福島県の沿岸部にある富岡町へ出かけました。
 2011年3月11日、福島県の沿岸部も大地震とその後大津波に襲われました。ここには東京電力福島第一原子力発電所と第二発電所があります。福島第一原発は原子炉を冷却する電力を確保できなくなり、3基の原子炉で爆発が起こり、大量の放射性物質が大気中にまき散らされ、深刻な被害を引き起こしました。

 富岡町は福島第一原発から半径20キロ圏内にあり、大地震の翌日から全町民に避難命令が出ました。
2年近く町内への立ち入りは制限されていましたが、今は日中の立ち入りが認められ、町民の帰還に向けて土壌や建物に付いた放射性物質を取り除く『除染』が始まっています。福島の被災地に関心があった私は、富岡町に行く2つの研修ツアーがあることを知り、両方とも参加することにしました。実際に富岡町にいたのはそれぞれ2時間から2時間半程度でしたが、2回目は何か所かを歩いて回りました。
 
 海岸沿いの津波に襲われた、JR富岡駅はホームの鉄骨はぐにゃぐにゃに折れ曲がり、電線も垂れ下がったままでした。近くの住宅では、家のど真ん中に白の軽トラが飛び込んでいました。避難誘導にあたった2人の警察官が乗っていたパトカーは、ぺちゃんこにつぶれ、それがパトカーとは信じられませんでした。
 
 内陸部に行くと、地震で倒れたり被害を受けた建物もありましたが、何の被害も受けていないように見える建物もありました。町の中心部にある町役場や町民センターはとても立派で、個人の住宅も新築や大きな家が多く、富岡町が豊かな町だったことが分かります。

町の北にある「夜ノ森」地区にも行きました。ここは桜並木が有名でした。今は住宅街の真ん中に、延々と鉄製のフェンスや鉄パイプで作られたバリケードが続いています。このバリケードから先は、
「帰還困難区域」です。「帰還困難区域」とは、放射線量が非常に高く、今後も長期にわたってもどることが難しい地域です。

 どこへ行っても住民は全くいませんでした。暑い夏の日で、セミや鳥のにぎやかな鳴き声が聞こえ、のどかな景色なのに、今この町にいるのは、私たち研修ツアーのメンバーと作業で働いている人たちだけだと思うと、とても不思議な感覚でした。

 富岡町は農業がさかんで、広々とした田畑が広がっていますが、今は雑草が生い茂り、木が育ち始めた田んぼもありました。
田畑の表面の土は、放射性物質で汚染されているので、表面を削り取ります。その削り取った土は、大きな黒いビニール袋に詰められます。いたる所に仮置き場があり、数え切れないほどの袋が整然と積み重ねられていました。
 
私は岩手県大槌町に行ったことがありますが、大震災から1年半たった町では、がれきの大半は片付けられていました。
しかし、同じ被災地でも原発事故の被害を受けた地域は、3年半経っているのに復興は始まったばかりでした。

 被災地でよく聞く言葉が、2つあります。1つは、「私たちのことを忘れないでください」
もう1つは、「ここで見たことを、帰って伝えて下さい」という言葉です。

福島第1原発を完全に安全な状態にするためには、30年から40年かかると言われています。
富岡町をはじめ原発事故で避難した人たちがふるさとに帰るためには、本当に厳しい現実が待ち受けています。

もうすぐ、東日本大震災から4年が経ちますが、人々の関心は薄れ、風化が進んでいます。
同じ日本で、今も苦しんでいる人たちがいることを、わたしたちは忘れてはいけないと思います。

私たちにできることを、これから一緒に考えてみませんか。

歌を歌うこと 2月20日(金)

 歌を歌うこと。みなさんはどう思っていますか。歌うことが好きな人、そうではない人。いろいろな人がいて当然だと思います。中には人前で歌うことは恥ずかしいと思っている人もいるのではないでしょうか。
 歌うことは自分の感情をさらけ出すこと、歌うことは伝えること。私はそう思っています。自分の内側にあるものを外に出すということは勇気がいります。だから、恥ずかしいと感じるのではないかと思います。
 しかし、私たちの生活から歌を切り離すことはできません。私たちは楽しいとき、うれしいとき、悲しい時でさえ歌います。友達の誕生日を祝ってhappy birthdayを歌い、結婚式では二人の幸せを願って歌い、Sr.佐藤の追悼ミサでは冥福を祈り歌いました。そこには感謝の気持ちもありました。
 「歌うことは生きること、歌うことは祈ること」この言葉は4年前の東日本大震災以降よく耳にします。歌うことで伝わる思い、聴くことで癒され、励まされる。歌は大きな力を持っています。
 今年度、皆さんはたくさんの歌を歌ってきました。その中でも、開校記念日のミサでの「ハレルヤ・コーラス」は本当に素晴らしかったです。皆さんの思いが全身からあふれ出し、聴いている人に感動を与えました。あの時はどういう気持ちでしたか。「一生懸命やっただけ」、「楽しかった」というだけでも、そこに前向きな気持ちが流れます。それでいいのです。恥ずかしくても、自信がなくても、どうしたら伝わるかと考えるなら、自然と声が出てくるのではないでしょうか。
 来週は高3、3週間後は中3の卒業式があります。卒業する3年生と、送り出す1、2年生。卒業式でのたくさんの歌をどういう気持ちで歌いましょうか。
 歌うことは伝えること。それぞれの思いを届けましょう。

2月のテーマは「愛」 2月13日(金)

 2月のテーマは“愛”です。
 先週、校長先生のお話で「愛をさぐってみましょう」と言われたのを覚えていらっしゃいますか?
 私は、あれから・・・“愛”って何だろうかと時々考えていました。

 ちょっと時間が経ちましたが、今年の元旦の新聞で、心に留まったこんな広告ページを見つけました。
 愛を考えていたとき、この新聞を思い出したので、紹介します。
 イメージしながら聞いてください。
 新聞の一面に大きな文字で、
「あなたは、大切な人。」

 目をとじる。家族の健康を願い、手をあわせる。
 年賀状をめくる。筆跡の向こうに、あの人の笑顔を思い浮かべる。
 ふと、久しぶりに同級生に電話してみたくなったりする。

 家族のこと、友人のこと、恋人のこと、
 かつての恩師のこと、お世話になったあの人のこと。

 ふるさとに帰れた人も、帰れなかった人も、
 日本中で、誰かが誰かを思っている。

 元旦は、大切な人を思う日。
 大切な人を思うことが、大きな力となって、
 新しい一年をスタートさせるのかもしれません。

 大切な人を、大切にする。
 そのことをあらためて心に刻むことから、2015年を始めます。

 元旦の新聞は、ページ数が多くて重いのですが、沢山の素敵な言葉がつまっていました。
 目に見える愛もあれば、目に見えない愛もあり、優しく感じる愛もあれば、冷たくて愛とは感じれとれないそんな愛もあるかもしれません。
「あなたは、大切な人」  愛をもって、人を大切に思い、物を大切に感じ、感謝し、大事に過ごしたいものです。

心とからだを鍛える 1月23日(金)

 インフルエンザがはやっています。私もうがいや手洗いをして気をつけていますが、かからないか心配しています。
 予防接種を受けている人もいると思いますが、インフルエンザの予防接種に使うワクチンは、毒性が弱まったウイルスを使って作るそうです。これが体内に入ると免疫系に認識され、その後に生きたウイルスが入ってきても、それをやっつけてくれるようになるのです。インフルエンザだけでなく、人間は体内に悪いものが入ってきても次回からはそれに対抗するような力を付けるようにできているのです。
 同じようなことが人間の筋肉でも起こります。筋肉は腕立て伏せやランニングなどのトレーニングを行うと、それに耐えられるようにだんだんと強くなっていきます。また、それに伴って骨も丈夫になってきます。反対に、何もしないでばかりいると筋肉はどんどん衰えていきます。無重力状態で力を余り使わない宇宙飛行士は、筋肉が30%も減ることがあるそうです。
このように人間の身体は、異質なものを受け入れたり、負荷を与えることで強くなります。
 人間の心も同じです。めんどくさいとかいやだとか言って毎日楽なことばかりしていては、心は成長しません。嫌いなものを食べたり、家の手伝いをしたり、本を読んだり、勉強したり、部活動を頑張ったり、ボランティアをしたりなど、やったことがないこと、やりたくないこと、苦手なことをあえて頑張ってみましょう。新しい経験や苦労を積み重ねることによって、心が成長し強くなります。いろんなものの見方ができるようになります。知識が広がります。少々つらいことがあってもがんばれるようになります。周りの人にやさしくできるようになります。
 2015年はまだ始まったばかりです。去年やらなかったことを何か一つ、いまから始めてみましょう。

暗黙の約束事 1月16日(金)

 2015年が始まって2週間が経ちました。今年はいろいろな意味で節目となる年です。
 第二次世界大戦で日本が敗戦国となってから70年。映画バック・トゥー・ザ・フューチャーが公開されてから30年。この映画のPart2の主人公は、2015年ちょうど今年の世界からタイムマシンに乗ってやってきました。阪神・淡路大震災から20年。そして2020年東京オリンピックまであと5年。
 私たちは過去の歴史を振り返りながら、同じ過ちを繰り返さないために、そして輝かしい未来を構築していくために、これからどのように歩んでいくかべきか真剣に考えていかなければいけません。その中心になるのが、今、中学生・高校生である皆さんです。そのことをしっかり理解しておいて欲しいと願っています。
 さて、今月の学院の目標は『平和』です。私たちは誰もが安心した住みやすい社会、つまり世界の平和を願っています。しかし、最近の日本や世界の動きを見ていると、どんどん平和から遠ざかっていくのではないかと不安を感じてしまいます。平和な社会を築くためにどんなにたくさんの規則をつくっても、私たちが安心して生きていく社会になるには難しいものがあります。法律や規則よりも、私たちの身近な生活の中に、人と人とのかかわりを円滑にし、心豊かに生きていくための秘密があるように思います。
 私たちの生活の中には、長い歴史の中で培われてきた暗黙の約束事がいくつかあります。
 親や年上の人を敬うこと。友達の家などを訪問する時の心得(例えば、あいさつをするとか、靴をきちんとそろえる)など、マナーや作法といわれるものです。これらは法律で決められているわけでもなく、守らなくても罰せられることもありませんが、人としてすべきことではないでしょうか。
 これらに反する行為は、人間同士のかかわりの中で相手を不快にしてしまいます。そして、その人の常識が疑われ、信用を失うことにもなりかねません。
 マナーや作法は、相手を大切にし、失礼のないように、そして円滑な人間関係が築けるようにと昔からの先人たちの願いと知恵が詰まっているのです。
 自分の言葉使い、身だしなみ、態度が、中学生として、高校生として、その年齢にふさわしいものであり、相手を自分と同じようにかけがえのない人として大切にして接したとき、そこに平和が生まれてくると思います。
 今年一年、私たち一人ひとりがマナーや作法・礼儀を心がけ、自分の周りから平和が生まれてくるよう努めていきましょう。

3学期始業式 1月8日(木)

 3学期の始業式が行われました。
 先日より来日しているシスターにも出席していただきました。校長先生のお話の後、シスターメリーアンの話をシスター弘田に通訳していただきました。


校長先生のお話

【3学期始業式】

おはようございます。そして、新年おめでとうございます。
さて、皆さんはどのようなお正月を過ごしましたか?私は、1月2日に成人式に出席し、新成人の門出を祝うことができました。とてもうれしい1年のスタートをきることができたと思っています。
 新学期をスタートするにあたって、中3・高3の皆さんは、間近に迎える入試、あるいはもう少し先の卒業後の歩みについて。中2・高2の皆さんは、最高学年に向けての準備の時期に。中1・高1の皆さんは、4月以降に学んだことを振り返りながら1年間のまとめをしてください。
やらなければいけないことを確実に行って欲しいと思います。
今学期は厳しい寒さの中での学習、部活動となります。3学期の学習時間は多くはありません。常にそのことを意識しながら、しっかりとした体調管理をしてください。発熱やかぜ、けが等は避けたいものであり、自らの体調管理は基本的なことです。欠席することなく、元気に3学期を過ごしてください。
 先日、本校を卒業された方と話す機会がありました。「本校の生徒の様子でお気づきのことはありませんか」と尋ねると、「大丈夫ですよ」と答えていただけました。しかし、「今時の学生さんだからね」という言葉もついていたのです。この言葉の裏には「もう少しこうあって欲しい」という思いがあったと思われます。いろいろなところで、いろいろな立場の本校関係者が、いろいろな思いを持っておられます。「中学生・高校生だから」と甘えることなく、すばらしい生き方を貫いて欲しいものです。
 さて、皆さんも既に承知のことと思いますが、今年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」が1月4日から始まりました。皆さんはこのドラマを見られましたか?この大河ドラマは、吉田松陰先生とその妹文さんを中心に、困難を乗り越えていった杉家の強い絆と、松陰先生の志を継いでいった若者たちの青春群像を描いたものです。昨年から萩市内で撮影も行われていました。NHKの大河ドラマの影響力はかなりのものです。今年は日本全国に「萩」の名が広まり、全国から多くの方が萩を訪れると思います。萩で生きる私たちは、先人の築いてくれた歴史にあぐらをかくことなく、それを礎として、さらに大きなものを築いていかなければいけません。萩のすばらしさを外へ発信するいい機会でもあります。私たち萩光塩学院においても同様です。63年の歴史にあぐらをかくことなく、生徒の皆さん、我々教職員それぞれが、さらに大きなものを築き上げていかなければならないと考えます。
日々の生活の中で、萩市民として、萩光塩の生徒として恥ずかしくない、堂々とした振る舞いをしていきましょう。
 それぞれの学年を締めくくる充実した3学期となることを願っています。


シスターメリーアンのお話
KOEN JUNIOR/ SENIOR HIGH SCHOOL END OF SEMESTER CEREMONY

Ohayou gozaimasu! Good morning to each of you, most especially to the director of Koen, all the staff members and students of the Junior and Senior High School.

It is an honor for me to have been invited to share some reflections with you at this end of semester ceremony. I am most grateful for this invitation. However, when it first came to me, it was both a surprise and challenge. My first wondering was “Whatever will I say to these young people?” The invitation came with a directive for a topic…” What would I expect from young people today?” It is an interesting topic and one that needs thought and serious reflection. And, at the same time, it is not an easy one.

We live in a very complex and beautiful world and right now, 2015, we live at a critical moment in our earth’s history. Our world is becoming increasingly more interdependent and at the same time, more fragile. With greater mobility than we have ever experienced in our history, plus the migration of peoples for a variety of reasons in all parts of the world, we now live in the midst of a magnificent diversity of cultures, religions, and traditions. In the midst of this, it is crucial that we recognize that we are one human family and one Earth community.

There are many challenges that deeply affect the meaning of life and the dignity of human beings. Poverty and world hunger, wars and growing militarization, immigration of people to find work and provide for the basic necessities of life, new slaveries that break the human spirit, plus global warming and ecological imbalance, all these threaten our ability to live together in peace. It is necessary to reflect and re-think the meaning of our presence in the world, to re-discover the unity among us as members of one human family, as brothers and sisters. In the global world in which we live, the problems that face humanity are inter-connected … and cannot be dealt with separately. I am sure you have studied about these things in some of your classes.

Interconnection, interdependence is part of this new world that is awakening. All over our planet there are wonderful movements for peace, for non-violence, for food for all peoples, basic human rights, financial justice, for care of our mother earth. There are vast global and human networks searching for and working towards an alternate way of living, an alternate world… one that is more human, more just and more humanizing for all peoples. There are thousands of people all around our world striving to build bridges of communication, dialogue and to take action for peace.
Right now, you are probably wondering why I am speaking about all these things to you. Well, you are the future of our world, and of our entire planet. You are ending a semester, moving on in studies … some of you will be completing your years here at Koen very soon and move on to University. Remember the topic??? What do I expect of young people today? Well, after lots of reflecting, I realized that what I most expect is that you live up to the name of your school…KO EN … Salt and Light. My deepest desire and hope is that you will be salt and light in our world. What does it mean to be “salt and light” in our world … the world just described to you?

Salt gives flavour and taste to our food making it delicious. We use it for a number of other things also. For me, to be “salt” means to “make a difference” in our world. To choose to make a difference… to give oneself to something you truly believe in, something that will help others, something that will build a better world for all people, something worth dedicating your one precious life to unconditionally. I do not know what that is … that is for you to search for and to discover. It is that something that will make life worth living … and that ultimately will make you happy also. There are thousands of young and not so young people volunteering their time and energy to help others … they feed the hungry in soup kitchens, help immigrants find employment or learn the language of their new country, others read to the blind or tutor children who need extra help, still others spend time with the elderly and forgotten people of their societies. Making a difference means reaching out to someone who needs help … reaching out of yourself to offer another your presence.

To be “light” has to do with allowing your talents, values and gifts to shine … to not be afraid of being who you are and sharing all you have been given with others. It means being a person for others … not closed in on yourself, your own needs, wants and desires. It means living with a broad horizon that includes others, opens to others needs and connects with other people. It is during your years here at KO EN that you are learning about your talents, intellectual aptitudes, physical abilities, artistic gifts… and you are learning to be a “person for others”. Our talents and gifts are not given for ourselves alone … they are given for others. You cannot put them “under a bushel basket” … they need to shine as you use them for others. Our globalized world offers many opportunities to be LIGHT, especially if we choose to work towards alternatives for a more human world. It means cultivating a sensitive, compassionate heart towards human suffering in all of its forms … it means overcoming our fears and prejudices in the face of diversity … and it means being tender, loving and just, in all things.

It is important to realize that being “SALT” and “LIGHT” begins right now … not only in the future. It begins with your fellow classmates, your families, your friends and those you may not even know but you come in contact with at times. You can begin today to “make a difference” and to be a “person for others” wherever you are. It can be as simple as a smile or offering a helping hand to someone who is alone. You will need to think about it … and see what this might mean for you in your everyday life now and into the future. I promise you… it will be worthwhile.

And, now, I would like to conclude with a short story. It is a favourite of mine since I spent most of my missionary life in Micronesia, close to the ocean. Perhaps you have heard it before since it has been around for a while. Even if you have heard it, it is worth listening to again … its’ meaning is profound. It begins as all good stories…

“Once upon a time, there was a wise man who used to go to the ocean to do his journal writing. He had a habit of walking on the beach before he began his work.
One day he was walking along the shore. As he looked down the beach, he saw a human figure moving like a dancer. He smiled to himself to think of someone who would dance so early in the day. So he began to walk faster to catch up.
As he got closer, he saw that it was a young woman and the young woman wasn't dancing, but instead she was reaching down to the shore, picking up something and very gently throwing it into the ocean. As he got closer he called out, "Good morning! What are you doing?"
The young woman paused, looked up and replied, "Throwing starfish in the sea." The man said, "I guess I should have asked, why are you throwing starfish in the ocean?"
"The sun is up, the tide is going out, and they are caught on the shore. And if I don't throw them back into the sea, they'll die."
"But, young woman, don't you realize that there are miles and miles of beach, and starfish all along it. You can't possibly make a difference!"
The young woman listened politely. Then bent down, picked up another starfish and threw it into the sea, past the breaking waves and said, "It made a difference for that one."
Author Unknown
There is something very special in each and every one of us… in you, in me, in all of us. We have all been gifted with the ability to “make a difference” in our world and for others’. And if we can become aware of that gift, we gain through the strength of our vision, the power to shape the future. We must each find our starfish. And if we throw our stars wisely and well, the world will be blessed.
Dear students of KO EN… be SALT, be LIGHT …be a person for others and make a difference with your lives!
Arigatou gosaimas … thank you!

1年の締めくくりに

 12月カトリック教会では、クリスマスまでのこの時期を『待降節』と呼んでいます。『待降節』とは、「主の降誕を待ち望む期間」という意味です。今年のクリスマスが、私たちの、そして世界の人々の平和と喜びになるよう、日々の生活を整えながら、しっかりと心の準備をしていきましょう。

 さて、先日の光塩バザーは天候にも恵まれ、大勢のお客様が来てくださって大盛況でした。バザーの日は、私たち在校生や教職員だけでなく、中学・高校の保護者の方、幼稚園の父母の会、同窓会、そして卒業生の保護者など多くの方々が支えてくださり、この学院をとおして生まれた『つながり』の深さに改めて気づかされた、素晴らしい一日でした。

 ビスケットづくりから始まった準備、当日のキビキビとした姿と笑顔、そして後片付けまでをしっかりとやり遂げた皆さんは、この一カ月で確かに成長していると感じました。
 ひとつの例ですが、準備の時は指示待ちだった中学生が、片付けの時は自分から「先生、次何かやることはありますか?」と積極的に行動しようとする姿に変わっていたそうです。バザーの成功は、生徒の皆さんや先生方の努力と多くの方々協力の賜物です。『光塩』が地域の方をはじめいろいろな人によって支えられていることに改めて『感謝』の気持ちがわいてきました。学校は、その中で生活する私たち一人ひとりの行動・言葉によって評価されます。地域の方々に喜ばれ、卒業生がいつでも誇りに思える光塩に、そして毎日を過ごしている私たち自身が前向きに学んでいける学院にしていきましょう。

 今月の学院のテーマは『感謝』です。今年2014年もあとひと月を残すだけとなりました。今年あったたくさんの出来事に感謝して、1年間を振り返る月にして欲しいと思います。私たちは時に人の悪口を言ったり人を責めたりすることで、自分の正当性を表現し、存在感をアピールしがちです。しかし、悪口を言ったり責めたりした後は、必ず心の中に何かモヤモヤしたものが残ります。私は皆さんに、自分と合わない人を責めるのではなく、自分を支え助けてくれた人に感謝しながら毎日を歩んで欲しいと願っています。友だち・家族・先生方に感謝しながら一年を締めくくりましょう。

当たり前!? 11月28日(金)

 先日のバザーは皆さんお疲れ様でした。
 さて、バザーも終わり、今年もあと一か月となりました。今年はスポーツで盛り上がった年でした。最近ではテニスの錦織選手が世界を舞台に大活躍しました。また、6月にはサッカーのワールドカップもありました。観戦して盛り上がった人もたくさんいると思います。
 スポーツの話題で11月というと、私には忘れられない出来事があります。「ジョホールバルの歓喜」という言葉を聞いたことがありますか。サッカーが好きな人ならすぐにわかると思います。今から17年前の1997年11月16日、日本が初めてワールドカップ出場を決めた日です。今でこそワールドカップ出場は当たり前になっていますが、それまでは日本がワールドカップに出るということは夢のような話でした。17年前ですから、皆さんが生まれてからずっと日本はワールドカップに出続けていることになるので、皆さんにとっては出て当たり前と思うのが自然だと思います。しかし、その当たり前になるまで、とても長い道のりがありました。初めて予選に参加した1954年から10回目の挑戦でようやく本大会出場を果たすまでの長い間、努力し続けた歴史があることも知ってほしいと思います。そして、今度は決勝トーナメント進出が当たり前になるように今も挑戦が続いています。
皆さんにとって今、光塩での生活は当たり前だと思いますが、今のこの当たり前の生活も皆さんの過去の積み重ねが作ったものだと思います。そしてこれからの生活は今の努力が作っていきます。
 中3、高3の皆さんの中には、すでに合格している人もいますが、これから受験を控え、現在受験勉強に必死に取り組んでいる人もいます。この時期になると3年生からよく聞く言葉があります。「もっと1,2年のときにちゃんと勉強しておけばよかった…」また、大学や専門学校に進学した卒業生からも同じような言葉をよく聞きます。怠けていた自分への後悔の言葉ですが、考えようによっては、この言葉は今、頑張っているからこそ出る言葉だと思います。
 勉強に限らず、皆さんが持っているそれぞれの目標、夢をかなえるためには当然、努力が必要です。これから受験を控えている人はもちろんですが、合格、内定が決まった3年生や1,2年生の皆さんも、将来、当たり前になる生活がより良いものになるために今できること、やるべきことに全力で取り組んでほしいと思います。

バザーの思い出 11月21日(金)

 私は光塩小学校の卒業生です。
 小学校の思い出といえば、生利先生とサッカーをしたこと、油谷青年の家に合宿に行ったことなどたくさんありますが、一番の思い出はやはり光塩バザーです。
 あの頃の私は魚釣り、輪投げ、ボーリングなどにはまり、自分の休憩時間には友達と何度も行って楽しんでいました。また食堂ではおいしいうどんとカレーを食べたことを覚えています。
 そして今、光塩の先生として12回目のバザーを迎えます。
 毎年たくさんのお客さんや生徒のみなさんの笑顔、一生懸命働いている姿に元気づけられて仕事をしていますが、時には、お客様からの苦情があったり、トラブルがおこることもありました。私はこんな時をチャンスととらえ誠心誠意お客様と接することを心がけています。当日はいろいろなお客様が来られますが、一人ひとりに来てくださった感謝の気持ちで接しましょう。
 明後日のバザーでは皆さんと一緒に楽しく充実した一日を過ごしたいと思っています。

希望の光 11月14日(金)

 今月は開校記念日のミサから始まりました。
 この式をとおして、私たちがこの学院の中で、どのように成長していくべきか皆さんも確認できたと思います。11月1日に学院の創立を記念することは、ただ過去の伝統を守っていくことだけではなく、新たな出発を祝う節目でもあると思います。創立から63年たった今年も、そして来年も光塩の精神、良き伝統が守られ、また新しい風を取り入れながら学院が引き継がれていくのです。私は、ミサの終わりに皆さんが歌った「ハレルヤコーラス」を聞きながら、皆さんの力強さに感動し、とても満足することができました。そして皆さん一人ひとりを光塩の生徒として誇りに思い、今月のテーマである「希望」を感じることができました。
 
 また、11月に入りバザーの準備も本格的に行われています。バザーの仕事を喜んで手伝ってくれる皆さんの気持ちの良さにも感動しています。この時期になると、亡くなられたSr.佐藤元校長先生が言われていた「特に私立学校は、生徒・保護者・卒業生・地域の方々の支えがあって成り立っている。それを一番感じることができるのがこのバザーです。私たちはそれをしっかり理解しなければいけません。」という言葉を思い出します。一つの行事を成功させるためには準備から後片付けまでをきちんとやり遂げることが大切ですが、それに加えて、行事をみんなで成功させようという意気込みや前向きな姿勢が求められます。これは私たち一人ひとりの心の問題で、どういう気持ちや思いでそれに取り組むかによって、結果は大きく変わってきます。光塩バザーの由来は既に皆さんも知っているとおり「自分たちの学校を自分たちの手で作っていこう。」と始められたのがこのバザーです。これが年々受け継がれ、保護者の方々や卒業生・地域の方々がたくさん協力してくださっています。私たち教職員も含めて、今、学院にかかわっている人たち皆が、23日のバザーに来てくださる多くの方々に喜んでいただくと共に、これまで学院のために尽くしてくださった方々に感謝の気持ちを込めて、気持ちよく働く一日にしたいと思います。

 今月の学院のテーマは「希望」です。
 希望という言葉を聞くと、私たち個人としての望みを思い浮かべますが、今月はそこだけにとどまらず、もう少し広がりをもって、クラスとして、学校として、家族として、社会としての希望を見出していく月にしたいと思います。嫌なこと苦しいことがあると私たちはすぐに絶望的なことへと考え方が変わってしまいます。しかし、そんな時ほど心の奥深いところに必ず皆が持っている「希望の光」を信じながら努力していく月にしていきましょう。

信頼 10月10日(金)

朝晩の涼しさが季節の変化を感じさせてくれます。
秋には、「スポーツの秋」「芸術の秋」「読書の秋」「勉強の秋」「食欲の秋」などいろいろな言葉がつけられます。皆さんも今年の秋は自分らしさを生かし、何かにチャレンジする秋にしてみてはいかがでしょうか。
今月の学院の目標は「信頼」です。
信頼という言葉で、皆さんが連想することは何でしょう。また、皆さんが他の人を信頼する条件は何でしょう?
私たちは時々「私のことを信頼してくれない。」とか「あの人は信用できない。」という言葉を言ったり、聞いたりすることがあります。「信頼」は人とのかかわりやつながりを前提としていますので、そのような人間関係は、一日や二日でできるものではなく、毎日の生活の中でお互いに育て、作り上げていくものだと私は思っています。信頼して欲しい家族や友達・仲間に普段自分はどんなかかわり方をしているのか、振り返ってみてください。
信頼を得るためには、時には自分を犠牲にし、人のために尽くさなければいけません。極端な言い方をすれば、自分のことよりも人のために尽くせば尽くすほど、信頼は自然と得られていくものです。これは本校の建学の精神である「自分のまわりに喜びと光をまく」ということと全く同じ意味です。
他の人から信頼されるようになるには、日々の積み重ねが必要で、そのためには言葉できちんとコミュニケーションをとることが求められます。自分の伝えたいことをきちんとした正しい言葉で表現するよう一人ひとりが意識して努力してください。日々のかかわりの中で、失敗や間違いがあれば素直に謝り、そのような相手を許すことができれば、お互いに良い関係が生まれてくると思います。
 学校は、パソコンやケータイ・ゲームなど機械を相手にする場ではなく、友達や先生方との生きた「ナマ」のかかわりの場です。毎日のかかわりの中で「信頼」という言葉の意味を、そして「生き方」を確認する10月にしていきましょう。

暑さ寒さも彼岸まで 9月19日(金)

 校長室の前のテーブルに、彼岸花が飾ってあります。毎年秋のお彼岸が近づくと真っ赤な彼岸花が田んぼのあぜ道や道路の脇に咲き始めます。修道院の玄関のそばにも咲いています。
 「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、お彼岸は、春分の日や秋分の日を中心とした前後7日間のことだそうで、この頃には冬の寒さや夏の暑さも収まり凌ぎやすくなるということです。実際最近の朝晩はすっかり涼しくなり、体育祭の頃の暑さが嘘のように気温が下がってしまいました。
 「秋の日はつるべ落とし」とうように、この時期、特に感じるのは太陽が沈むのがどんどん早くなるということではないでしょうか。調べてみると、山口県では先週の金曜日の日没は6時26分でしたが、今日の日没は6時16分で、1週間で10分も早くなっています。9月の1ヶ月間では40分も早くなっています。春分の日がある3月では日が沈むのは1ヶ月で24分しか変わりませんから、この時期の変化がいかに大きいかが分かります。それで気温の変化も激しいのかもしれません。みなさん、風邪を引いたり体調を崩したりしないように気をつけましょう。
 ところで、春分の日や秋分の日というと、昼と夜の長さが同じになる日と思っていますが、実際にはどちらも昼の方が約14分長いそうです。

今月のテーマは「協力」 9月12日(金)

【朝礼の言葉】

 先日行われた体育祭は、皆さんの元気とエネルギーがあふれた楽しく、気持ちの良い一日でした。演技・競技・応援合戦と、どれをとっても好感の持てるものでした。何より皆さん自身が精一杯力を出し切ったことで、勝ち負けよりももっと深い、大きな達成感・満足感を味わったことと思います。皆さんの笑顔、目の輝きがとても印象的でした。
 皆さんが一生懸命やって成功した裏には、先生方のご指導・サポートがあったことも忘れないでください。これから大人として社会に出ていく皆さんにとって、ひとつのことをやり遂げていく時、必ず誰かの支え、助けがあること、自分の頑張りをいつも温かく見守ってくれている人がいること、そしてそういう影の人への感謝の気持ちを、どこかできちんと伝えることができる人になって欲しいと思います。

 さて、今月の学院のテーマは「協力」です。
 協力は、頼まれたこと、すべきことを皆とともに喜んですることであり、又一つの目標に向かっていろいろなアイデアを出し合い、より良いものをめざそうと積極的に行動することでもあります。その時その時で、自分の置かれた立場、状況をよく見て、今ここで自分が何をすることが、その目的のためになるのかを考え、判断する力がたえず求められています。それぞれの場面で、自分ができることを積極的に見つけ、クラスが一丸となって、私たちの学院の歴史を築いていくという意識で「協力」という言葉の意味を確かめる月にしてください。

 2学期には開校記念日のミサ、バザー、キャロルコンクールなど多くの行事が続き、皆さんそれぞれに活躍の場があります。また運動部の試合や文化部の発表の場もあるでしょう。
与えられた場所で練習に励み、協力を惜しまない魅力的な光塩生になるよう努めてください。 

 朝晩涼しくなり、暑さの中にも秋の気配が感じられるようになりました。毎日の読書や勉強にも力を入れ、自分自身を豊かにする9月にしていきましょう。

1学期終業式 7月17日(木)

校長先生からのお話

 今日で1学期の学習が終わります。皆さんにとってどんな1学期だったでしょうか。
 まず、生徒の皆さんが大きな事件や事故・病気などにかかることがなく、無事に1学期を終えようとしていることが何よりうれしいことです。
 私にとっては、昨年までと仕事の内容が大きく変わったため、生徒の皆さんとかかわる時間が少なくなってしまったことがとても残念でした。しかし、そんな中でも多くの人が声をかけてくれたこと、大きな声であいさつをしてくれたこと等、皆さんの姿に刺激され、「今日1日がんばろう」という気持ちになることができました。ありがとうございました。

 少し離れた立場で皆さんを見ていると、それまでは「まだまだだな」と思っていた2年生・3年生も少しずつ成長していることに気づかされました。入学した頃は、不安な表情が目立っていた1年生も喜んだり悲しんだり、多くの経験を積み始めているなと思いました。

 皆さんも、中学生として、高校生として、一人ひとりが置かれた立場で、この4カ月を振り返ってみてください。自分が1番がんばったところはどこだったか?やればできるのに、手を抜いてしまったところはどこだったか?努力して自信がついたのはどこか?勉強だけでなく、部活動でも学校生活全体でも、そして家庭でも自分の生活を振り返ってみると、いろいろなところで自分の成長をみつけることができるはずです。

 良い体験・経験ばかりが、私たちを成長させてくれるわけではありません。
学校という集団生活をしていく場ですから、自分の思いどおりにならないこともたくさんあります。勉強の大変さや人間関係の難しさも経験したことでしょう。1学期を振り返ってみて、苦しい経験の中からも、自分が乗り越え、成長してきたことにひとつでも気づいて欲しいと思います。

 明日からの夏休みは、部活動やワークショップ、修学旅行、ボランティアなど、いつもよりたくさんの行事や活動があります。ゆっくり体を休めることも必要ですが、何か一つこの長期休暇中に「これだけはやり抜いた」というものを見つけてください。
 いつもはあまりできない掃除や食事作りもいいでしょう。家族といっぱい話すことも素敵なことだと思います。1学期の終わりをひとつの区切りとして、ちょっと見方を変えてみるだけで、自分のできることがまたたくさん見つかってきます。

暑さに負けず、健康に気をつけて充実した夏休みを過ごしてください。
2学期の始業式で、またひとまわり成長した皆さんに会えることを楽しみにしています。

あぶりだし 6月27日(金)

 水曜日は、とてもよい文化祭でしたね。準備に、練習に、大変お疲れさまでした。
 さて、皆さんは小さい頃「あぶり出し」という、日本の伝統文化の遊びをやったことがありますか。真っ白な紙を火であぶると、文字や絵が浮き出てくる遊びです。あぶり出しには何を使うのでしょうか。酸っぱい酸や甘い糖分で水に溶けるものなら、あぶり出しができます。
 では、あぶり出しをすると紙の上でいったい何が起きるのでしょうか。紙には親水性があり水分子と仲良く手をつなぎます。そこに酸がやってくると、紙から水分子を奪う脱水作用がおこります。そこを火であぶると、酸を塗ったところが早く焦げ始めて文字や絵が浮き出るそうです。一方、甘い糖分はあぶって熱を加えると自分自身が褐色のカラメルに変わりあぶり出しになるそうです。つまり、酸は紙を焦げやすくし、糖は自分が変わることで文字や絵ができるのです。皆さんも、酸っぱいレモンや甘いパイナップルなどを使ってあぶり出しを試してみましょう。
 人の思いも、あぶり出しのように相手にストレートに伝わればいいのですが。思っていることがなかなか、なかなかうまく伝わらないようです。酸の力も糖分の力も借りたいところですが。笑顔や、思いやり、そして時間の助けを借りると、思いが伝わるのではないでしょうか。

あいさつ 6月20日(金)

スラマッ パギ  
おはようございます

 一昨日、本校にインドネシアから8人の留学生が来校され、その日は全校生徒で歓迎会が催され、楽しいひと時を共有できました。昨日からは皆さんのクラスに入られ一緒に朝礼や、授業を受けたり、フィールドワークに出かけたりと楽しく交流を深められていることでしょう。
 声をかけたいのだけど、何と言っていいのか、声をかけるのをためらった時には、まず、挨拶の言葉、出来ればインドネシアの言葉を覚えて、片言交じりでも挨拶の言葉をかけてみてはどうでしょうか。

スラマッパギ おはようございます、
スラマッ スイアン こんにちは、
シアパ ナマム お名前は、
アパ カバル お元気ですか、
テリマカシ ありがとう 

 全然未知の間柄にも、国が異なり言葉の違う相手にも、ひとことの挨拶は、その心を開かせる不思議な力があると思います。
 皆さんは、朝、起床後家族に、登校時に近隣の方々、クラスメートや先生に出会った時、すぐに「おはよう」「おはようございます」 と先に声をかけますか、それとも一瞬ためらい、相手から声をかけられてから、挨拶を返すほうですか。                           
 私は、前者を心がけていますが、やはり苦手な人に対しては、頭でわかっていてもなかなか自分からは進んで挨拶はしにくいものです。でも、そのような場合に、気付かないふりをしてその場をやり過ごしてしまった時には、後から自分自身に対して一種嫌悪を感じてしまいます。ましてや、相手から先に挨拶されると挨拶の遅れたことにうしろめたさを感じてしまいます。そのようなことは、誰にも経験のあることかと思います。

 全然未知の間柄でも、旧知の間柄でも、出会ったとき、すれ違うとき等、ひとことの挨拶は、相手の心の琴線に触れ、一瞬にしてすれ違うときのその場の空気を暖かいものに換えてくれます。
 家族、友人の間では、さわやかなひとことの挨拶によって、昨日の感情のしこりが解けてしまいます。
 このように不思議な力を持っている「挨拶」と言う言葉、皆さんは、どこかで聞かれたことがあるかもしれませんが、実は禅語だそうです。
 挨拶の “挨” 積極的に迫って行くこと、 “拶” 切り込んでゆくことだそうです。修行者が指導者に問題を持ちかけて答えを求め、または、指導者が、あるいはお互い同志が、問答をかわしてその力量を計ることで、挨拶は禅家の真剣勝負だそうです。
 つまり、「挨拶」には、【心を開いて相手にせまる】と言う意味があるそうです。
 身近な人にも、あまり関わりのない人にも、相手がだれであろうと自分から心開いて明るく元気な声で挨拶をすることによって、その人との人間関係は円滑なものになっていくのです。
 当然、嫌いな人や 苦手な人に対しては、なかなか自分からは進んで挨拶はしにくいものです
 だからこそ、一人ひとりが自分から挨拶をすすんですることで、家庭の雰囲気、学校全体の雰囲気や人間関係は良好になっていくはずです。
ちょっとしたあいさつをし、毎日続けることによって、自分自身の未来も変えられるのではないでしょうか。
    

挨拶はまず自分から!  テリマカシ

校長先生のお話 6月6日(金)

 先週末に行われた高校総体。運動部の皆さんの活躍は、各顧問の先生から聞くことができました。最終的には試合に負けてしまっても、あきらめることなく最後まで健闘したこと、その姿から皆さんの成長した姿が見られたことなど、良い報告ばかりでした。特に3年生は、3年間の集大成の大会でした。試合に勝つか負けるかではなく、3年間の厳しい練習を乗り越えたこと、つらくてやめたいと思っても、自分の心に打ち勝ったことに拍手をおくりたいと思います。

 さて、今月の学院のテーマは「ゆるし」です。
 4月の目標の「出会い」、5月の「かかわり」に次いで、今月の「ゆるし」、この3つには深い関係があります。出会いがなければ、かかわりは生まれません。そして、かかわりのないところには、許すことも、許されることも必要ありません。

 新学期から2か月たって、生活に慣れてくると、緊張感が薄れ、次第にわがままが出てきている人もいるでしょう。慣れることは、親しみも増しますが、同時に自分の思いどおりにならない不平や不満が出てきます。

 本当に良いかかわりができている人同士は、自分の思いどおりにならなかったり、気になったりしたことについて、相手と話しをして確認することができます。しかし私たちは時に、良いかかわりを行うことができません。自分が傷つきたくないために、憶測で人を判断し、誤解を招いてしまうからです。そしてそれを正当化するために仲間をつくって、人を攻撃してしまいます。私たちはそれほど強くないし、誰でも間違いを犯します。そして、友達の何気ない一言にも傷つく弱さも持っています。それにもかかわらず、他人の間違いや失敗には敏感で、自分にはとても寛大です。

 今まで、家族をはじめ、たくさんの人から許され、我慢してきてもらったことを思い出してみましょう。そうすれば、私たちは、逆に自分に厳しく、人に寛大な心を持つことの方が大事だと気づくはずです。

 これには勇気がいります。素直さがいります。先生方や友達をごまかしても自分の心に嘘をつくことはできません。傷つくことばかりを恐れないで、他者とかかわり、勇気あるたくましい人になるよう、日々努力していきましょう。

 今月は、インドネシアの留学生との交流会、文化祭などの行事もあります。皆さんの力を結集して充実した月にしていきましょう。

おもしろい言葉

「使える物は捨てる」。これは、最近私が気に入っている言葉です。
聞いた人はみんな「いったいどういうこと」と思うでしょう。普通は使えない物を捨てるのであって、使える物を捨てるのはもったいないことだからです。そんな、矛盾したことをいっているようで実は大切なことを教えてくれています。
私たちの身の回りには物がいっぱいです。整理整頓ができずに散らかしっぱなしになっている人も多いと思います。私も整理整頓が苦手です。書類を探すのに時間をとられていらいらすることもあります。でも掃除をして整理整頓された状態は好きなので時々は片付けをします。いらない物や使わない物は捨ててすっきりしたいと思うのですが、もったいないと思ってなかなか捨てられません。そして余りきれいにならずに残念な気持ちで掃除が終わります。
「使える物は捨てる」という言葉は「使えない物はもちろん捨てますが、使える物でも使わないのなら捨てる」ということを言っています。捨てないのは「使う物」だけです。「使えるけれど使わない物」をとっておくと無駄なスペースが必要ですし、物を探すときに無駄に時間がかかります。実は、使える物を捨てることよりもこのことの方が本当に無駄でもったいないことです。「使える物は捨てる」という言葉は物を捨てるための新しい判断基準に気づかせてくれます。そして、本当に大切にしなければならないことは何かを考えさせてくれます。
私の机の周りはまだきれいではありませんが、少しずつきれいにしていくつもりです。
皆さんはどんな言葉が好きですか。物の見方や考え方を変えるようなおもしろい言葉があったら教えてください。

偏食について

 毎日食事の前に言う「いただきます」「ごちそうさま」の意味を考えたことがありますか?
 私たちは食べることで生命を維持して活動しています。しかし、私たちが食しているのは動物や植物で命があるのです。
 「いただきます」の言葉には「あなたの命をいただいて、私の命に代えさせていただきます」という意味があるのです。また、目の前の食事に並ぶまでに多くの人や命が関わっています。農家や漁師さん、例えば家ではお母さん、お父さん、学校では調理員さん、お店では料理人が食べてくれる人のことを思って作ってくれます。それらすべてへの感謝を込め、本来の意味を改めて思い「いただきます」「ごちそうさまでした」を今日から言ってみましょう。
 ところで、みなさんは好き嫌いはありますか?
 私は肉・魚が大好きで特にハンバーグが好きです。かわりに野菜、特に生野菜があまり好きではありません。
 偏食をすると腸内環境が悪化します。免疫の70~80%は腸内に存在するので、当然腸内環境が悪いと免疫力が落ちて風邪をひきやすくなったり、アトピー性皮膚炎や花粉症など、アレルギーも出やすくなったりします。またそういった病気にならなくても、便秘になりやすく、肌荒れ、頭痛に悩まされやすくなります。
 また、友だちや家族で食事に行くのに、自分だけ食べられるものが少ないと、楽しくないですね。納豆、レバー、茄子、イクラ、ウニ、山椒。これは昔は食べられなかった、または食べすぎて嫌いになってしまったものですが、今では大好きになりました。ずっと食わず嫌いはもったいないし、健康にもよくありません。もし、苦手なものが出てきたら、まったく口にしない。ではなく、少しずつでも仲良くなろうとチャレンジしてみてください。もしかしたら、意外といけるかもしれません。私も、しょうが、セロリはまだ苦手ですが、チャレンジを続けています。
 ところでライオンのような肉食動物は動物の肉ばかり食べています。腸内環境は大丈夫なのでしょうか?ライオンは動物の胃の中に入っている野菜・草を一緒に食べているので腸はきれいに保たれているのだそうです。
 今日からさっそく、感謝の言葉を食前に言ってみましょう。

「知識」を「知恵」へ 5月16日(金)

英単テストも漢字テストも終わり、いよいよ来週から中間試験が始まります。コースによってはもうすでに始まっているところもあるかもしれません。
 試験勉強に追われて気が滅入ってくると、なぜこんな勉強をしなければならないのか、と考えてしまう人もいると思います。特に苦手科目や、一見自分の進路に何の関係もなさそうな勉強についてはなおさらです。私たちはなぜ学ぶのか。数年前に読書感想文の課題図書になった本では、次のような解答が与えられていました。

「たがいに関係がなさそうに思えたものがつながることが幸福なのだ。そこから、あらたな要素も生まれる。それが、難解な本を読んだり、年長者の話を聞いたり、日常生活には関係のなさそうな数学を学んだりすることの意味だよ」

勉強をしていて知ったことと日常生活の中で出あうと、嬉しくなります。また勉強していて別の教科で学んでいたことが出てくると、楽しくなります。「あれはこういうことだったんだ」、「あのこととこのことはつながっているんだ」と感じるときの喜びが、学ぶことの一つの意味なのではないかと思います。在学中、「勉強をすることとは点を線にすることだ」と教わりました。一つひとつばらばらなものごとをつなげていくことが勉強することなのです。
 もうひとつ、私自身がこの光塩で学んだことがあります。それは「知識」と「知恵」は違うということです。本を読んだり、先生に教わったりして得た情報が「知識」であり、それをきちんと消化して自分で使えるようになったときに初めて「知恵」となります。
 試験では「知識」が問われることが多いかもしれませんが、日常生活で、あるいは社会にでたときに、きちんとそれらを使うことができるように、一つひとつの物事に丁寧に向き合い、「知識」を「知恵」へと変化させていってほしいと思います。

5月は聖母マリアの月 5月9日(金)

 5月2日の夜から3日の朝にかけて、私は本校の生徒6人と一緒に、カトリック教会が主催する津和野の「乙女峠夜間巡礼と乙女峠まつり」に参加してきました。この乙女峠まつりは、毎年5月3日に島根県津和野町で行われるキリスト教のまつりで、全国から約二千人くらいのカトリック信者が参加しています。「まつり」といっても一般的な夏祭りや秋祭りなどとはまったく違い、いわゆるキリスト教の信仰のために命を捨てた人々、すなわち「殉教者」をたたえる祭りです。小さな津和野の町を信者たちが祈りや歌をささげながら行列します。毎年、萩光塩学院の生徒はこの祭りの中で、聖母マリア像を担ぐ役を受けています。
 ところで、皆さんは、日本におけるキリスト教の歴史を知っていますか。キリスト教は、1549年にフランシスコ・ザビエルによって日本に伝えられ、その後西日本を中心に一時広まりを見せましたが、豊臣秀吉以後、禁止され、明治時代のはじめまでキリスト教を信じることは許されませんでした。しかし、そんな中、隠れキリシタンと呼ばれた人々がひそかにキリスト教の信仰を守り通していましたが、1865年、長崎の浦上というところで何千人という隠れキリシタンが役人にとらえられ、改宗させるため全国各地へ流されました。そのうちの153人が津和野に連れてこられ、改宗を迫られましたが、神への信仰を貫き通して37人の信者が乙女峠で殉教しました。萩にも約300人が連れてこられ、多くの殉教者が出ています。
 さて5月は、聖母マリアの月です。カトリック教会ではイエス・キリストの母、すなわち神の母である聖母マリアをたたえ、聖母マリアへの信仰を強めるために特別に祈ります。神と自分とのかかわりについても黙想します。学院の5月のテーマは「かかわり」です。私たちは、ともすると、他人や物とのかかわりだけに目を向けがちですが、自分自身とのかかわりをおろそかにしてはいないでしょうか。本当の自分を知り、ありのままの自分を受け容れること、謙虚な気持ちで自分自身とかかわることは人間にとってとても大切なことではないでしょうか。自分自身をありのままに見つめるとき、そこには必ず神のはたらきがあります。神とかかわるということは、それほどむずかしいことではないと思います。縁あって、萩光塩学院に入学した皆さん、ときどきは自分自身を静かに見つめ、神とのかかわりをもってください。

校長先生のお話 5月2日

緑の美しい季節になりました。
皆さんは明日からの連休をとても楽しみにしていることでしょう。
ところで、皆さんは何日が何の日かすぐに答えることができますか?
言い換えれば、なぜ祝日とされているか知っていますか?
5月3日は憲法記念日、4日はみどりの日、5日は子供の日とそれぞれ意味のある日になっています。そして私たちには考えさせられることがいくつもあります。

まず、憲法記念日ですが、憲法についての基礎的なことがらは、中学校3年生以上ならみんな知っていることと思います。第9条の「平和主義」については、現在いろいろと議論されています。私たちは平和主義をどのように解釈し、どう理解していくのか、そしてこの国がどの方向に進んでいくのか?一人ひとりの問題として真剣に考えていく必要があります。
特に修学旅行で海外に行く中3、高2の皆さんは、戦前・戦後をとおして日本がどのように変わり、その中で憲法がどのような役割を果たしてきたのかをもう一度学習して、自分の考えをもって他国の若者たちと交流して欲しいと願っています。

緑の日は、自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむことを目的に制定されました。美しい自然に恵まれている萩に住んでいると、それが当たり前となって、
そのありがたさになかなか気づきません。世界に目を向けてみると、環境破壊で苦しんでいる人々がたくさんいます。私たちに大きなことはできませんが、連休中に各家庭で花や野菜の苗を植えるなどして、自然に関心をもつことから始めてみましょう。

また、子どもの日には、少子化の問題や児童虐待・いじめ問題などについて考える必要があります。子どもと大人がこのことについて真剣に考え、明るい未来を築く努力を根気強く行わなければいけません。ここ数年、町の中で鯉のぼりを見かけることが少なくなったのは少子化のせいでしょうか?しかし、今年はプロ野球の広島カープが好調で、セリーグの首位を走っています。今年はたくさんの鯉のぼりが見れそうで、なんだか何かうれしい気持ちにもなります。

さて、今月の学院の目標は「かかわり」です。憲法について考えることは社会とのかかわり、環境について考えることは自然とのかかわり、子供の日には友達とのかかわりについて考えることができます。特に人とのかかわりは、自分が傷ついたり、相手を傷つけたりすることもあります。でもかかわることから逃げていたら、いつまでもお互いに理解することができません。勇気をもってコミュニケーションをとることによって、友達・家族・クラスでの良い関係づくりができていきます。

カトリックでは5月を聖母マリアをたたえる月としています。今日の夜から明日にかけて津和野で乙女峠の巡礼もあり、本校からも6名の生徒が参加します。聖母マリアが私たちに人とどのようにかかわることを望まれているか考えながら、5月を過ごしてみましょう。

校長先生のお話 4月18日

新学期が始まり、ちょうど10日が経ちました。

中1・高1の新入生の皆さんも、少しずつ学院の生活リズムをつかんできたことと思います。

光塩での朝礼は、今皆さんが立っているように全校で行います。
そして、毎週金曜日は、聖歌を歌います。

本校では、この朝礼をとても大切にし、予鈴から本鈴までの2分間の沈黙は、一日の始まりにけじめをつける貴重な時間になっています。
今日一日どのように過ごしたいか?
前日の反省や今日一日の取り組み方を、しっかり考える時間に使ってください。
この時間の中で、笑ったり、そわそわ動いたりしている人は、中学生・高校生として
とても恥ずかし行動をしていることになりますので、気をつけましょう。


さて、生徒手帳5ページに学院の精神を具体化させる、毎月の目標が書いてあります。

今月のテーマは「出会い」です。
新入生にとっては、新しい友人との出会いが大きいと思います。2・3年生は、同じクラス、同じ友達であっても、相手を新たな目で見直すことによって、それまで自分が思っていたのとは別の、新しい友達の面を発見することができます。

自分の心の柔らかさ、素直さによって、新たな発見や素晴らしい出会いができるはずです。
また、人との出会い、本や音楽など色々なものとの出会いをとおして、
新しい自分とも出会うことができたら、今年度のすばらし出発になると思います。

これからも、ひとつひとつの出会いを大切にしていきましょう。