愛 コルベ神父 2月5日(金)

 数十年ぶりの大雪から2週間が経ち、寒さの中にも春の兆しを感じるようになりました。
中学・高校の入試、また高3の卒業試験も終わり、出会いと別れの時も近づいてきました。中3・高3の皆さんは、卒業・そして次に来る新しい生活のための準備としてこの2月を過ごして欲しいと思います。
 今月の学院のテーマは「愛」です。皆さんは「愛」についてどのように理解していますか。
私は、この2月のテーマについて、いかにわかりやすく皆さんに伝えるか、昨年からいろいろ勉強してきました。本校はミッションスクールなので、そのこととも結びつけて、今日は「愛の殉教者」と呼ばれたコルベ神父様について話したいと思います。
 皆さんはコルベ神父の名前を聞いたことがありますか?コルベ神父は1894年、ポーランドで生まれました。彼の父は熱心な愛国者で、第一次世界大戦中ポーランドの独立のために戦ったので、その影響から神父も幼い頃は、祖国のために軍人を夢見たこともりました。しかし、コルベ神父は武器の代わりに平和な手段で闘う道を選び神父になりました。第二次世界大戦がはじまり、彼の祖国ポーランドはドイツ軍に占領されました。ナチスはコルベ神父の説くカトリックの教えとナチスの思想が相反するとして、収容所に送りました。1941年の夏、神父がアウシュヴィッツの収容所で強制労働に就かされていた時、同じ班の囚人から脱走者が出ました。脱走者が見つからない場合は、見せしめとして、10人が処刑されます。無差別に選ばれた10人の中の一人が、突然妻子のことを思い泣き崩れました。それを見た神父は、落ち着いた様子と威厳に満ちた穏やかな顔で「自分は妻子のあるこの人の身代わりになりたい」と申し出ました。アウシュヴィッツの所長は、囚人が皆、過酷な状況の中で自分の命を守ることしか考えられないのに、他人の身代わりになりたいという人物が現れ、驚きのあまり呆然とした後、身代わりを許可しました。神父は他の9人と共に「死の地下室」と呼ばれた餓死監房に連れていかれました。アウシュヴィッツの餓死監房は二度と生きて出ることのできない、そしてパンも水もなく、飢えのあまり絶えず叫びやうめき声が響き囚人は狂い死んでいく、そんな場所でした。ところが、コルベ神父が監房に入れられた時は、中から祈りや讃美歌が聞こえてきました。他の囚人たちも一緒に祈り歌い続けました。コルベ神父自身も飢えで苦しみながらも人々を励まし、仲間の最後を見送りました。そして「死の地下室」と呼ばれた監房を聖堂に変えたのでした。神父は自分が身代わりとなって一人の命を救っただけでなく、他の受刑者と苦しみをともにすることを選びました。そして見捨てられ、絶望した人々を最後まで励まし続けたのです。
 コルベ神父の行動からわかるように、「愛」とは、友のために命を惜しまず尽くしていくこと、相手を大切に思い・大事にすること、困っている人を見て、言葉や口先だけでなく行いをもって誠実にかかわることだと思います。
 私たちにコルベ神父のような行いはできません。しかし、私たちにも、他者のためにできることがあるはずです。悩んでいる友達に声かけをする、人を悪く言わない、間違った行為に対してははっきり意見を言う、ボランティア活動に参加するなど、「愛」の表現方法はたくさんあります。
 今月は、自分らしい「愛」の形を見つけ、それを言葉にしながら、少しずつ実行していく月にしていきましょう。