3学期終業式 3月17日

 おはようございます。今日で3学期が終わり、平成28年度が終了します。2月28日には高3が、3月11日には中3が、この学校を巣立って行きました。  さて、みなさんにとって、平成28年度はどのような1年だったでしょうか。きっといろいろな感想があると思います。中1・高1の皆さんにとっては、光塩に入学し、中学生として又は高校生として、それまでの学校生活との違いを感じたことでしょう。中2・高2の皆さんは、自分の夢の方向を定めるのに苦労した一年だったのではないでしょうか。今日の終業式を迎えるにあたって、私も今年度を振り返ってみました。今年度は、例年以上に生徒の皆さんの活躍が印象に残った一年でした。

・野村さんが小諸・藤村文学賞で全国1位の最優秀賞に輝いたこと
・村岡くんが山口県中学校英語暗唱・弁論大会で優勝し、全国大会に出場したこと
・自転車盗難防止コンクールで山口県警本部長賞を受賞したこと
部活動では卓球部、テニス部、書道部が優秀な成績を収め、中国大会に出場、さらに卓球部男子は初の全国大会出場も果たしました。これ以外にも作文や書道、絵画、他の部活動など多くの分野で、萩市内又は長北地区で優秀な成績を収め表彰を受けました。生徒の皆さんの活躍は嬉しいことですし、学校に元気と活力を与えてくれました。本当にありがとうございました。
皆さんの活躍は、皆さん一人ひとりの努力の成果だと思います。しかし、決してそれだけではなく、皆さんのことを陰から支えてくださった人たちがいたことにも気づいてください。保護者の方や先生方、そして友だちが皆さん一人ひとりを支えてくださっていることを「あたりまえ」としないで、このあたりまえなことに感謝し、喜べる人であってください。
2日前にあった弁論大会で2年生の垰村君が「当たり前のこと」というタイトルで発表しました。私はその時ある詩を思い出しました。それは、悪性腫瘍のため右足を切断し、それが肺に転移して32歳の若さで亡くなられた医師、井村和清さんの詩です。皆さんに紹介します。
「あたりまえ」 
あたりまえ こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないのでしょう 
 あたりまえであることを
 お父さんがいる、お母さんがいる 手が二本あって、足が二本ある
 行きたいところへ自分で歩いていける 手をのばせばなんでもとれる
 音がきこえて声がでる こんなしあわせなことがあるのでしょうか
 しかし、だれもそれをよろこばない  あたりまえだ、と笑ってすます。

 食事がたべられる 夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる
 空気を胸いっぱいにすえる 笑える、泣ける、叫ぶこともできる 走りまわれる
 みんなあたりまえのこと こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない
 そのありがたさを知っているのは、それを失った人たちだけ
なぜでしょう あたりまえ 
確かに私たちは、目が見えることや手足が動くことを、特に「ありがたいなあ」と思ったことはありません。当たり前のことだと思っています。なぜ喜ばないのか、なぜ当たり前にしているのか、それらはすべて私たちが生きるのに先立って備わっているからだと思います。例えてみれば、物の豊かな時代に生まれた子供が、物のありがたみがわからないのと同じことだと思います。生まれた時にはすでに物が溢れているから、物があることが当たり前だと思うようなものです。ところが、この詩にあるように私たちが当たり前だと思っているものは、本当にかけがえにないものばかりです。そしてどれ一つとっても私たち人間が作り出すことは出来ません。あたりまえの日常がどんなに素晴らしいことか考えさせられます。
今日は私の平成28年度最後の話しとして、この「あたりまえ」という詩を紹介しました。初めにも話したように、私たちを支えてくれている家族や先生方、友だちがいることを当たり前だと思わずに、そのありがたさに気づき、感謝することによって、生徒の皆さんが来年度も今年度以上活躍することを願っています。